目次 ファッション業界から藍染めの世界へ 伝統的な“正藍染め(しょうあいぞめ)”でウールを染める “藍が藍を呼ぶ”感覚 「天然素材」×「藍染め…
神山町の農業と食文化を未来につなぐ
人口約5000人の小さな農山村に町内外から人が集まる注目のスポットがあります。それは、徳島県神山町にある食堂「かま屋」とパン・加工品店「かまパン&ストア」。
2016年にオープンして以来、“神山町産の野菜を使った料理や加工品の店”として、神山町に初めて訪れる人が楽しめるだけでなく、地元の人にも親しまれている場所になっています。
この2店舗を運営する「フードハブ・プロジェクト」は、実は農業の会社。“神山町の農業を次の世代につなぐ”ため、自社農園「つなぐ農園」の運営や農業従事者の育成を中心に、店舗運営や食品の加工・販売など、いわゆる6次産業化と呼ばれるような多岐にわたる事業を展開しています。
「町内で生産と消費が巡っていくような仕組みづくりが一番の目的。小さいものと小さいもの、少量生産と少量消費をつなぐことを大事にしています」とは、「つなぐ農園」の農業長を務める白桃薫さんの言葉。“地域でつくったものを、地域で食べる”という、この「小さな循環」をつくり、育てる取り組みを行っています。
“農家半分、料理人半分”でつくるランチ
“地域でつくって、地域で食べる”ことを、「フードハブ・プロジェクト」では『地産地食』と呼んでいます。そして、“地食”の起点となる「かま屋」で使用される調味料や食材は生産者がわかるものばかり。町内産や県内産を中心に食材を取り揃え、週替わりのランチプレートやスイーツなどが楽しめます。
朝の「かま屋」。まだ開店準備をしている頃、有機野菜をつくる生産者グループ「里山の会」の上地公一さんがやってきました。抱えたコンテナには採れたてのみずみずしいクレソンがあふれんばかりに入っています。
「つなぐ農園」からはニンジンや葉物野菜、元フードハブ・プロジェクトの農業研修生が営む「やさいのちえ」からはカリフラワー、自然農に取り組む「今津農園」からは大浦太ゴボウなど、信頼できる町内外の農家さんから次々に旬の食材が「かま屋」に届けられていました。
「毎週、すべての契約農家さんに今どんな野菜が採れているのかを聞いていくんです」と「かま屋」料理長の清水愛さん。
週替わりランチのメニューづくりは、畑の様子をうかがうことからはじまるのだそう。「“お皿の上では、農家半分、料理人半分”が『かま屋』のランチのコンセプト。農家の方が丹精込めてつくった食材の味を最大限生かせるようなシンプルな味付けにしています」。
2020年6月のリニューアルを機に、フレンチシェフのジェローム・ワーグさんがメニュー監修を担当。旬の食材の味をいかに引き立てるか、がジェロームさんのレシピの軸なのだといいます。
「旬のものしか使わないのでメニューづくりに苦労することもあります。だけど、“今あるものを使う”というジェロームさんの言葉を聞いて、それも季節を味わう醍醐味だと思うようになりました」。
そうして、まるで“旬”がそのままお皿に乗ったようなその時期だけのランチプレートが出来上がります。
「地産地食」から広がる人の輪
また、衛生面に配慮して、料理の提供方法もそれまでのバイキング形式からリニューアル。スタッフがテーブル席までランチプレートを届けるスタイルになりました。
開店前にその日提供されるランチを試食をしておくことで、食材や味付けの情報もスタッフみんなで共有。ただ料理名を伝えるだけでなく、お客さんとのコミュニケーションが生まれるようになったと言います。
「お客さんと対面する時間が増えたことで、野菜のことや農家さんのことも伝えられるようになりました」。“農家半分、料理人半分”の想いを、お客さんの元へとしっかりと送り届けています。
他にも良い変化があったといいます。「以前は神山で受け継がれている味をメニューに取り入れていたので、町内のお母さんたちからはレシピを教えてもらう側でした。でも今は逆に、『レシピを教えて!』と聞かれることも。農家さんたちも自分たちがつくった食材が家庭では味わえない料理に変わることを喜んでくれているようなんです」。週替わりの新しい“神山の味”を求めて、毎週食べに来てくれる方もいたりと、地元の方々との交流も増えたそうです。
在来種の神山小麦でつくるパン
「かま屋」と広場を挟んだ一角にあるのが「かまパン&ストア」。こちらのパンは、予約をして遠くから買いに来る方がいるほど人気の一品です。
少しの酸味をアクセントに、素朴ながら噛みしめるほど芳醇さが増してくるパンは、毎日の食卓に並べたくなります。シンプルな食パンやバゲット、旬の野菜を使った惣菜パン、ドーナツやマフィンといったおやつパンなど、店頭に並ぶパンは毎日約20種類。パン選びに迷う時間も楽しみのひとつです。
パンづくりに使われているのは“神山小麦”。農業長・白桃薫さんの家で70年以上に渡り受け継がれてきた在来種だといいます。在来種とはその土地の気候や環境に適応しながら古くからその土地に根付いている種のこと。農業に適するように人為的に交配された“F1種”と呼ばれる種が主流となる中で、在来種は希少なものになっている現状があります。
「神山小麦はもともと、味噌や醤油をつくるために育てられていた小麦なので、味が不安定になりやすいんです」と、パンの商品開発当初は苦労したといいます。一方で、香ばしい風味が神山小麦の特徴。その良さを生かしながら、香川県産や北海道産の小麦と配合して味のバランスを整え、“神山のパン”がようやく完成しました。
「秋には神山小麦を100パーセント使用したクロワッサンが登場予定なんです」と教えてくれました。たくさんのパンが並んでいますが、神山小麦だけでつくったパンはまだありません。そこで、「クロワッサンには神山小麦の特徴がぴったりだったので」と、2020年1月より試作をスタート。2021年秋に収穫する神山小麦を使って、いよいよ新しい”神山のパン”がラインナップに加わります。
地域の食文化を届けていくこと
「かまパン&ストア」ではパンのほか、「つなぐ農園」の採れたて野菜や町内外からの選りすぐりの農産物、美味しくて信頼できる県内外の加工品の数々が並んでいます。普段使いしたいものだけでなく、お土産としてもお勧めしたい一品ばかり。
また、ドレッシングやシロップなどオリジナル加工品も販売しています。この日、「かま屋」の隣に見える加工作業室では、「つなぐ農園」で採れたばかりの旬の有機ニンジンを使った「人参ドレッシング」を製造中。もともと食堂で使っていたドレッシングが好評で、商品化したのだそう。
「旬のものは旬の時季に、一番美味しいときを逃さず瓶に詰め込めるよう一気に作業をするんです」と加工部の中野公未さん。瓶の煮沸消毒を終えると、4キロのニンジンを前に黙々と下処理を進めていきます。
「焼肉のタレ」はもともと阿川地区のお母さんたちが家庭で楽しむタレとして、2〜3年に一度の恒例行事で手づくりしていたもの。「地域の方々とのバーベキューで偶然このタレを食べて感動した」ことから、スタッフみんなでタレづくりの行事に参加し、秘伝のレシピを収得したのだそう。「この町の食文化を受け継いでいけるように」と、「神山梅干しペースト」や「神山きゃらぶき」など、町内の方々が昔から親しんできた“神山の味”も瓶詰になりました。
より多くの方にもこの“神山の味”を食べてもらいたいという思いから、オンラインショップも始めています。
受け継いでいく知恵と技術
加工部を支えているのが、神山町の生活改善グループのみなさん。生活の知恵や技術の情報交換や活性化を目的とするグループです。なかでも、下分地区の生活改善グループとは、2020年まで4年間「カミヤマメイト」というオリジナル商品の製造を担当していた長い付き合い。2018年から始まった阿波晩茶づくりでも、元気いっぱいに茶摘みを手伝ってくれています。
2020年春からは、下分生活改善グループの粟飯原育子さんたちが30年以上つくってきた「よもぎ団子」づくりを、加工部のスタッフも手伝うことになりました。「よもぎ団子の味をこの先も伝えていってもらえたらいいなと思って」と和やかに笑う粟飯原さん。「レシピは門外不出」と言われてきた「よもぎ団子」でしたが、この“神山の味”を託してもらえることになったのです。
孫と子ほど年の離れたみんなでの団子づくりは、”受け継いでいる”というよりも、ただただ粟飯原さんたちと一緒に団子づくりをしているといったくつろいだ様子。休憩時間には、「干し柿が美味しくできたんよ」「どうやってつくるん?」と、お茶とおやつを囲みながら情報交換が始まりました。「夏にはお母さんたちからスダチともろみを使ったキュウリの浅漬けのレシピを教えてもらって、それがすごく美味しかったんです」と中野さん。ともに時間を過ごすことで受け継がれていく“神山の味”があるようでした。
豊かな食卓を生む、豊かな風景を目指して
ジャガイモ、ニンニク、小松菜、キウイ、季節が巡ればスダチやナス、ピーマンも。町内に点在している自社農園「つなぐ農園」では、化学肥料・農薬不使用を基本に、できるだけ環境負荷の少ない方法を選択しながら、年間でおよそ24品目もの作物を栽培しています。2〜3品目を大量生産をする農園が多いなか、ここでは少量生産多品目。「たくさんの旬の野菜が食卓に並ぶ方が、豊かだと思うんです」と農業長の白桃薫さん。
「この畑は一年前までは荒れ地だったんです」と指差す先には繁忙期真っ只中のニンジン畑。「つなぐ農園」の農地の約7割は、就業者の高齢化や担い手不足で手入れができなくなった田畑を引き継いだ土地なのです。背丈ほどの雑草を抜き、”緑肥”と呼ばれる自然に沿った方法で、一年かけて土づくり。そうして取材時に、この畑で初めての収穫期を迎えていました。
「収穫機を新しく買ったって聞いたけん、調子が気になって見に来たんよ」と、ご近所さんたちが次々に立ち寄る姿も。「売り物にならないような野菜はスタッフが持ち帰って家庭でいただきます。それに、近所の方々も時々畑に立ち寄って声を掛けてくれるので、余った不要な野菜を持って帰ってもらっているんです」と白桃さん。収穫後の土の上に広がるニンジンの葉も、近くで馬を飼育している方が餌として持ち帰ってくれるのだそう。荒れ果てた田畑からでは生まれなかったであろう人と人との生き生きとした交流が、農園を中心に広がっていました。
新しい就農者を増やすことは、そんな豊かな農山村の風景を守ることに繋がるはず。新規就農者の育成は、“神山町の農業を次の世代につなぐ”ために立ち上がった「フードハブ・プロジェクト」の大きな柱になっています。
現時点(2021年度)で在籍する農業研究生は3名。研修生たちは「つなぐ農園」の農業に携わりながら技術や経営などを学んでいます。研修後も最低5年は町内で生業として農業を続けていくことが農業研修生の条件のひとつ。「まずは研修終了後の事業計画を立ててもらっています。独立してこの町の就農者としてつくっていきたい作物の計画を確認しながら、『つなぐ農園』の栽培計画に組み込むこともあります」。今年度からはネギやショウガの栽培が始まりました。
“育てる、つくる、食べる、つなぐ”。この歯車が小さな農山村で動き始めたことで、農業を営む人も、食を楽しむ人も、その食卓も、健やかに変化しているのだろうと感じます。そして、この町の風景も。
『地産地食』がもたらすこの“小さな循環”が、やがてまた、私たちの暮らしの“普通”になるように。農業と食文化の繋ぎ手たちが「フードハブ・プロジェクト」から育っています。
フードハブ・プロジェクト(かま屋・かまパン&ストア)
徳島県名西郡神山町神領字北190-1
http://foodhub.co.jp/