目次 120年以上「変えない」ものづくり こうじの小さな声に耳を澄まして こうじ菌を生かし、信頼できる素材を選ぶ これからも長く愛される家庭の…
「おひつ」のある暮らし
「おひつ」とは、炊いたご飯を入れて保温しておくための道具。
かまどに火を起こしてご飯を炊いていた頃、焦げ付いたり硬くなってしまったりする前に、炊けたらすぐに「おひつ」に入れ替えて食卓へと運びます。当時の食卓の真ん中には当たり前に「おひつ」がありました。
保温機能のある炊飯器が登場して以来、「おひつ」の出番はかなり失われてしまっていましたが、最近ではその良さが見直されてはじめているといいます。
1948年創業の「岡田製樽」では、2代目の岡田功さんとその妻、岡田美早さんとが中心となって、現代の暮らしに合う「おひつ」の提案をしています。
美味しそうな料理で彩られた食卓を撮影し、「おひつ」のある暮らしをSNSで発信するなど、普段から「おひつ」を愛用する美早さん。
その良さを尋ねてみると……。
「炊きたてのご飯よりもおひつに入れておいた方がおいしくなるんです」。
その言葉に半信半疑になりながらも実際に「おひつ」を使ってみることにしました。
炊きたてのご飯を「おひつ」に入れてすぐ蓋をして保温。だいたい2時間程度は温かい状態を保てるようです。まず「おひつ」からご飯をよそおうと蓋を開けると、ご飯の香りと一緒にふわっと漂った木の優しい香りに心が奪われます。肝心のご飯を食べてみると、不思議なことにいつもよりもちもちに感じました!
「温かいご飯から出る余分な水分をおひつが吸い取ってくれるから美味しくなるんです。冷めたときには適度に水分を補ってくれるので、冷めてもふっくらもっちりとしたご飯になりますよ」。
塗装をしていない木製の桶だからこそ、自然に水分調整を行ってくれるという仕組み。「おひつ」を使えばご飯の風味を損なわずに保存しておけるのだと知りました。これぞ昔ながらの暮らしの知恵。
はじまりは漬物樽
岡田製樽では、「おひつ」の他に、飯台、足湯桶、ワインクーラーなど、さまざまな「まるい木製品」を製造しています。
「ここらへん(名西郡石井町藍畑)はもともと大根の産地。その大根を使ってたくあんをつくる人らが増えたことから漬物樽をつくりはじめたんよ」。
農作物が不作になると漬物樽も売れなくなる……天候に左右される商売だったため、新たに製造しはじめたのが家庭用の寿司飯台や「おひつ」でした。しかし価格競争が激しくなり、国内外から安価な製品が出回り始めるなど、試練は度々訪れたといいます。
そこで功さんは、従来品の製造と並行しながら「オリジナルの商品をつくり、自分たちの手で売ること」を始めます。ものづくりへの信念はそのままに、細かなデザインの変更や販売方法を見直していきました。
現代の食卓に馴染む「おひつ」
岡田製樽の「おひつ」は3種類。
「タガ」と呼ばれる留め具や蓋や本体小口の形状が違っています。
左の「おひつ」は、昔ながらの銅製のタガを使用した「まどか」シリーズ。
右は、現代生活に馴染むようデザインを工夫して生み出した「結」シリーズ。ステンレス製の細めのタガを使用し、蓋はシンプルなデザインに仕上げています。実はこのシンプルな蓋、裏返すと小鉢などを載せるプレートとしても利用できるという、考え抜かれた一品なのです。
もう一種の「冴」シリーズは、本体は「結」シリーズと同じですが、蓋のデザインが異なる仕様。ステンレス製のタガを入れ、角面を取って柔らかな印象に仕上げた蓋になっています。
見比べると、小口の厚みや角度も違っているのがしっかりとわかります。
より滑らかで繊細な小口になるよう仕上げる手間は想像以上の労力がかかっているようでした。
デザインを追求しながらも、変わらず岡田製樽が大事にしていることがあります。それは「おひつ」や飯台には「国有木曽サワラ材」を使用すること。
サワラはヒノキの一種。しかしヒノキのように香りが強くないため、ご飯の邪魔をしない良い香りを持つ材として昔から好まれて使用されてきました。確かにご飯との香りの相性は抜群! さらに、柔らかくて軽く、耐水性や抗菌力にも優れているという特長も。
生産量が少なく貴重な木材となっているこのサワラ材。安価な木材へと代用されることが多くなっている今でも、岡田製樽では「ご飯を美味しく食べてもらいたい」ために、サワラ材でつくることを守り続けています。
木の一点一点に向き合いながら
「基本的には受注生産なんです。塗装していない木の製品は、置きっぱなしにしていたら湿度の影響を受けてしまいます。そうするとサイズが変化しやすく、タガ落ちや割れなどの原因となってしまうことがあります。つくりたてをお渡しできるよう、できるだけ在庫を持たないように製造しているんです」。
岡田製樽の製品を購入できるのは、オンラインストアのほか、イベントや展示会。工場での直接お渡しもOK。3〜4週間程度での受け渡しが目安とのこと。
広い作業場をのぞかせてもらうと、それぞれの工程ごとに場を任された職人さんたちが黙々と作業を進めていました。
丸い輪っか(円形の仮タガ)に並べた材が、あっという間にピシッと引き締まり、みるみるうちに丸い桶の側面が出来上がっていきました。
続いて本タガと底板を入れて、桶の完成。
この本タガ・底板の仕上げは職人さんの長年の感覚が必要とされる桶づくりで一番重要なポイントなのだと言います。
桶を製造している職人さんの足元にずらりと並べられたたくさんのタガ。よく見ると少しずつサイズ違いのものが並べて置かれているようです。
「同じ直径の商品をつくっていてもそれぞれに削り具合が微妙に違ってきて全く同じサイズのタガが当てはまるわけではないんです。一点ごとにぴったりと締まるタガを入れられるように、数ミリ単位でサイズの違うタガを用意しておきます」。
その都度、必要なタガを素早く見極める熟練の技に驚かされました。
スタイリッシュな装いになるステンレス製のタガは、銅製と違って変色しないという利点もありますが、なにせ硬いのが難点。漬物樽に使う太いステンレスタガとなるとなおさらです。テープでぐるぐる巻きに補修された手袋がその大変さを物語っていました。
小口のデザインを決める、繊細な最終工程の研磨は二代目の功さんが担当。
人間が呼吸をするのと同じように、湿度に影響されて伸縮を繰り返す木材。その良さも扱いにくさも知り得た職人たちが、一点一点向き合いながら丁寧にものづくりをする光景がありました。
手入れをしてこその“一生もの”
「一生ものではないんです」とは、美早さんの話。
「桶は工芸品ではなく“家庭の道具”。昔は町のあちこちに桶屋さんがあったので、壊れたら桶屋さんで手直しをしながら使ってきたんです。道具として必需品だったので少々黒ずみが出ようと割れていようと気にせずに使い続けていたはず。だから昔の人にとっては桶類は“一生もの”だったんです。今ではそのお手入れをしてくれる桶屋さんも無くなってしまったのに、“一生もの”という言葉だけが残ってしまっているように思います。木製品を一生使い続けるためにはメンテナンスが必要だということを知ってもらえれば」。
木製品は、使用をしはじめて保管をしている間も、もちろん伸縮を繰り返しています。だんだんと木は痩せてきて、製造過程でしっかりと締めておいたタガが、使用しているうちに次第に緩んできてしまうのは仕方のないことなのだそう。
岡田製樽では、日々の「手入れ」をできるだけ手軽にしてもらおうと、シュロのたわしや吸水性の高い布巾、サンドペーパーなどをまとめた「お手入れセット」をつくりました。「もしタガ落ちなどの困ったことがあれば岡田製樽でお修理もお受けいたします」とのことなので心強い!
正直、手入れの話を聞けば聞くほど、手間がかかる付き合いになることがわかります。
使用後は、乾いた布巾で表面の水分をしっかり拭き取ること。風通しのよいところで陰干しすること。吸水性の高い新聞紙などに包んで涼しい所で保管すること。黒ずみを見つけたら早めにサンドペーパーで削り取ってあげること。
“一生もの”として使っていくために気にかけないといけない仕事がたくさん。ただ、「ご飯がいつもより美味しい」「木の香りに癒される」、そんなちょっとした幸せを楽しみにしていくことが、きっと生活を豊かにするということなんだろうなと感じます。
日々の暮らしにささやかな幸せを与えてくれる相棒として、「おひつ」と付き合っていくのはいかがでしょう。
岡田製樽
徳島県名西郡石井町藍畑字東覚円30-2
tel.088-674-0639