進化する和紙の表現!暮らしを彩る
「阿波和紙」[第1回]

進化する和紙の表現!暮らしを彩る 「阿波和紙」[第1回]

「阿波和紙」は、吉野川中流に位置する吉野川市山川町で漉(す)かれている和紙のこと。徳島の伝統工芸品のひとつです。文化の継承と発信に丁寧に取り組み、和紙の可能性と向き合い続ける阿波和紙。その歴史と魅力を探ってきました。第1回目では、阿波和紙とはどんなものなのかをご紹介します!



第1回
未来へとつなぐ阿波和紙ブランド


阿波和紙が生まれた町へ

阿波和紙を求めて徳島市内から約1時間、車を走らせて吉野川市山川町へ。
地元の人たちから「おこっつぁん」の愛称で親しまれる名山・高越山のふもとにある町。町内には南北に清流・川田川が流れていて、その名のとおり、豊かな山と川に恵まれた町だなあと感じる、のどかな風景が広がります。

▲ 川田川。上流では初夏になるとホタルが飛び交う清流です。

ここが、阿波和紙が生まれた町。

今回、阿波和紙のことをもっと知るために阿波和紙伝統産業会館を訪れました。
阿波和紙商品の購入や紙漉き体験ができるだけでなく、阿波和紙にまつわる展示やワークショップも度々開催。ここに来れば阿波和紙のすべてがわかるような場所なのです。

▲阿波和紙伝統産業会館。週末には県内外からの観光客が訪れます。

館内に入ると、すぐ正面に大きなガラス窓。
その向こうには、紙を漉く人や、紙を乾かす人。それぞれの持ち場で黙々と手を動かす職人たちの姿がありました。

手漉き和紙づくりの生の現場が目の前で眺められる、なんてぜいたくな光景!
私のようなものづくり好きにはたまらない時間です。

▲ ガラス越しとはいえ、紙漉きの様子がこんなに間近で見られます。
▲ 作業場奥では和紙の乾燥や仕上げを行っているようです。

館内で和紙製造を行っているのは、阿波手漉和紙商工業協同組合に所属する職人の方々。

▲ 館内のショップの様子。名刺用の和紙から包装紙に使われるような大判の和紙まで、さまざまな品が並ぶ。

ショップには、阿波手漉和紙商工業協同組合の方々による手漉き和紙や、隣接する富士製紙企業組合による機械抄き和紙や和紙加工品などが並んでいます。版画用やインクジェットプリンタ用など用途ごとにつくられた阿波和紙は種類豊富で驚きました。


たった一軒で守った技と文化

取材時、館内の展示室では、この地域の和紙づくりの歴史を振り返る「川田和紙の歴史展」を開催中。まずは阿波和紙の歴史を学びます。

▲ 取材時展示中だった「川田和紙の歴史展」より。

ここ川田川周辺に和紙づくりが伝わったと言われているのが、なんと約1300年前! 奈良時代の頃だといわれています。

紙漉きに欠かせない豊富な水と、原料となる植物も周辺の山に自生していたことから、製紙業が根付いていったようです。
明治から大正にかけての最盛期には、約300戸の農家が冬の副業として紙漉きを行っていましたが、戦後、洋紙の需要が増えるにつれて和紙づくりは衰退していきました。

周りの家が次々に紙漉きを止めていく中、たった一軒、この地で紙を漉き続けたのが藤森家。

この一軒が、手漉きによる和紙製造を行う阿波手漉和紙商工業協同組合、機械抄きによる製造などを行う富士製紙企業組合、阿波和紙の啓蒙と継承を目的とした阿波和紙伝統産業会館という3社を立ち上げました。そして、ここ川田川周辺で育まれてきた紙漉きの技術を今日まで伝承し、阿波和紙ブランドとして根付かせるまでに発展させてきたのでした。

▲ 今も富士製紙企業組合の社屋の一部には懐かしい日本家屋の風情が残っています。

たった一軒になっても紙漉きの文化を絶やさなかったこと、どれほどの想いがあったのでしょう。
まるで一本のドラマにできそうな、興味深い歴史を知りました。


まだまだ知らない和紙のこと

そもそも和紙って何なのでしょう? 素朴な疑問が湧いてきました。

紙をつくるために一番必要なのは豊富な水だと言います。
日常よく使用されている洋紙は大量生産に向く木材パルプなどが原料ですが、和紙の原料は、コウゾやミツマタ、ガンピなどの植物だそう

コウゾ。ミツマタ。ガンピ。
聞き馴染みのない植物たちです。

「自社農園でコウゾを育てているんですよ」と教わり、コウゾを見せてもらいに行くことに。

▲ コウゾの芽かきをする出葉利昭さん。以前は富士製紙企業組合に勤務し、機械抄きの和紙づくりに携わっていたそう。

阿波和紙伝統産業会館から少し山を上ったところにある農園へ。1ヘクタールほどの土地に、わさわさと生い茂っているコウゾは約300株。

▲ コウゾの根元の様子。

1株の根元から12〜3本の太い枝が伸びていて、その高さは2メートル以上もありました。さらに成長すると、4メートルに及ぶものもあるのだそう。

5月末頃からは細い枝を間引いたり、新しい枝を手で摘み取る「芽かき」と呼ばれる作業が行われます。こうして手間をかけて手入れをしていくことで、長くて太い枝に成長します。

▲ 阿波和紙会館では、コウゾの芽かきや収穫の体験も開催しています。

刈り取りは12月。
このコウゾを使って作られた貴重な和紙は、すべての原料を徳島産で仕上げたプレミアムな和紙として限定販売されます。


和紙づくりの工程を追ってみた

昨年収穫した自社のコウゾを使って和紙づくり体験が行われるとのこと。
コウゾからどのようにして和紙が出来上がるのか、その工程がわかるというので、梅雨開け間近の7月中旬に開催された「阿波手漉き和紙研修会」に密着しました。

今回で38回目を迎えた阿波手漉き和紙研修会。
この研修会は、和紙の下準備から紙漉きまで和紙づくりのひと通りを体験できる5日間連続のワークショップ形式で行われています。広く一般から参加者を募り、県外のみならず海外からの参加希望者も多い人気の企画なのです。

▲ 第38回阿波手漉き和紙研修会の様子。

コウゾの枝がどうやって和紙に変わるんだろうと思いきや、使用するのはその枝から剥ぎ取られた皮の部分のみ。乾燥させて保存しておいたコウゾの皮(黒皮)を一晩水につけて柔らかくしておいた状態から、さらに皮を剥いでいくところから和紙づくり体験はスタート。

▲ ナイフを使って丁寧に皮を剥がしていきます。
▲ 煮熟をする前のコウゾの白皮。

残るのは白皮という部分。これをアルカリ液でコトコトと煮熟します。

▲ 目で見てひとつひとつ小さなゴミを取り除く作業だけは機械化できず、現在も手作業で行われています。

煮熟した白皮を一晩置いてアクを抜いたあと、黒い皮やゴミをきれいに取り除く「ちり取り」と呼ばれる作業を行います。
この作業をより丁寧に行うほど、より混じり気のない上質の和紙に仕上がります。

▲ コウゾは樹皮の繊維が強くて長いため、紙漉きに適した植物とされているのだそう。

たたき棒で繊維をほぐすように叩く“打解”という作業を行って、和紙の素は完成(現在の製造現場では、これらの工程の一部は機械化されています)。
この素を水に溶かし、さらにネリを加えて、ようやく紙漉きの準備が整いました。


阿波和紙への想いを広げて

これまで阿波手漉き和紙研修会に参加してきたのは和紙職人を目指す人ばかりではありません。和紙の技術、日本文化、ものづくりなど、関心があるものやきっかけは人それぞれ。「もっと和紙のことを知りたい!」との想いで国内外から山川町へとやってきます。

第38回阿波手漉き和紙研修会に参加した、東京在住の田中奈緒さん。
和紙販売などに関わる仕事に携わっていることから参加をしたのだそう。紙漉き最終日には持参したお茶の粉末を混ぜてオリジナルの和紙漉きに挑戦。ほんのりお茶の香りがする美しい緑色の和紙が完成していました。

▲ 田中奈緒さん。お茶の粉末で緑色に染まった液で紙漉きをしている様子。

東京在住のリカルド・ガリードさん。
フィルムカメラで撮影した写真を自身の暗室でプリントした作品を持参し、なんとその写真を和紙に漉き込むことに成功。この和紙を使って手製本で写真集を制作する予定だと教えてくれました。

▲ リガルド・ガリードさん。乾燥させた和紙を取り込んでいる様子。

実践や座学など充実したスケジュールで阿波和紙の知識と技にたっぷり触れた5日間の研修会が終了。
密着取材した私もちゃっかり阿波和紙について詳しくなりました。

▲ 藤森洋一さん。現在、阿波和紙伝統産業会館、阿波手漉和紙商工業協同組合、富士製紙企業組合の代表理事を勤めています。

「和紙に未来はないかも知れないけど、想いはたくさんある」。
と、7代目の藤森洋一さん。研修会中、ぽそりと呟いた言葉が印象的でした。

参加者と触れ合いながら、和紙づくりの歴史や技を教えてくれた藤森洋一さん。冗談を交えながらの軽妙なトークの節々に、熱のこもった阿波和紙への想いが伝わってきました。

この阿波手漉き和紙研修会を通して、これまで参加してきた国内外1000人を超える方たちにも、1300年の歴史を持つ阿波和紙の魅力と熱い想いがきっと伝わっていることと思います。


1300年の歴史を繋いでいく

岐阜の美濃和紙や福井の越前和紙など全国各地に和紙の産地がありますが、実は使用する原料も道具も工程も違いはほとんどありません。
では、阿波和紙の特徴とは何なのでしょう?
それは、厚くて丈夫な和紙であること。
そして、この地(阿波)で古くから根付いた技と文化であること。

衰退の危機を乗り越え、受け継いできた阿波和紙の技と文化。
300株のコウゾを育てているのも、この地で生まれた文化を継承していきたいという想いからだと言います。

現在、阿波手漉和紙商工業協同組合の職人たちによる手漉き和紙と富士製紙企業組合の機械抄きによる和紙は、総称して「アワガミファクトリー」という阿波和紙ブランドとして育っています。
その魅力の発信は国内のみならず海外へも。

次回は国内外でどのように阿波和紙が愛されているのかを探っていきます。


阿波和紙伝統産業会館
TEL 0883-42-6120
http://www.awagami.or.jp/



アワガミファクトリーの商品は、Lacycle mallでお買い求めになれます。

紙の素キット(紙すき材料と道具のセット)
ご自宅などで紙すきができるキットです。長期保存に耐える楮の乾燥パルプ「紙の素」と、紙漉きに必要な道具をセットにしました。