“にし阿波”の山へ、町へ。文化と暮らしを探る旅。【第1回後編】

“にし阿波”の山へ、町へ。文化と暮らしを探る旅。【第1回後編】

第1回<後編> そば米のある町と山

【前編】では“にし阿波”ならではの傾斜地を訪ねました。
後編では、“にし阿波”の伝統的な傾斜地農法で400年以上にわたり栽培し、伝え続けられてきた食材「そば米」に迫ります。




そば米の新しい食べ方とは!?

「そば米」とはソバの実からさらに殻をむいた状態のもの。徳島県の郷土料理「そば米雑炊」として親しまれてきました。

▲ 大阪・京都の名店で18年修行してきた藤本さん。2020年8月に地元に戻り、「味匠藤本」を先代から受け継ぎました。

「そば米と言えば、何百年と変わらずそば米雑炊でしか食べられていないんですよね。そば米にはもっとポテンシャルがあると感じているんです」とは、箸蔵山のふもと、東みよし町で日本料理と仕出しの店「味匠藤本」の料理長・藤本晋也さん。

藤本さんはそば米の新しい食べ方を提案しようと商品開発に臨み、2021年、そば米をつかったお菓子「阿波おこし」を発売しました。

▲ そば米。栄養価が高く、「生活習慣病の予防にも良いスーパーフード」だそう。

「地域おこし」の「おこし」と和菓子の「おこし」の二重の意味が込められた新しいお菓子「阿波おこし」。

製造はすべて手作業です。
そば米をパフ状にし、そこへ黒蜜、水飴、きな粉、バター等を混ぜ合わせて煮詰め、高温の状態ですべての材料を素早くきれいに絡めます。冷め切らないうちにサイコロ状にカットして完成です。

▲ およそ140度まで熱した材料を手作業で素早く混ぜ合わせます。手袋を二枚重ねにしても熱くて大変だそう。
▲ 「おこしづくりはスピード勝負。素早く作業しないと、すぐにかちこちに固まって全く切れなくなってしまうんです」。硬い中華包丁でおこしをカットしている様子。

おこしは一般的にしっかり硬いものが多いけれど、「誰もが食べやすいと感じるお菓子にしたい」と、こちらの「阿波おこし」はザクザクとした食感で歯ごたえがよく、食べやすさ抜群。ひと口サイズなので、ぱくぱく頬張って食べすぎてしまうほど。この理想的な硬さとサイズにたどり着くまで、原料を混ぜ合わせる温度やタイミングの試行錯誤に時間をかけたと話します。

▲ 出来立ての「阿波おこし」。およそ1センチ角のサイコロサイズで食べやすい。

「関西で暮らしている時に、徳島の知名度の低さを痛感していました。徳島のことや地元のことを知ってもらおうとしましたが、自分が生まれ育った東みよし町にはお土産として紹介できるものもなかったんです」。

そんな藤本さんの経験から生まれた「阿波おこし」は、そば米の風味が感じられるお菓子として、“にし阿波”の新名物になっています。


にし阿波にUターンして

「味匠藤本」では、パフ状にしたそば米を天ぷらの衣がわりに使ったり、かき揚げに付けたりして、普段から料理に取り入れてるそう。

「風味が豊かだし、クセがなくいろんな料理に使える素材なんですよ」。

“そば米愛”を感じる藤本さんですが、小さい頃から「そば米」にはずっと取っ付きにくい田舎料理だと感じてきたと話します。

▲ 徳島の食材は京阪神にたくさん出荷されているほど。食材には困らない土地だと藤本さんは話します。

「専門学校へ通うために徳島を出た頃は、地元に帰ってくるなんてまったく思っていませんでした。約18年修行をして、良い役職も与えてもらえる立場にまでなれたけれど、コロナ禍が自分の考えを変えるきっかけになりました。同時期に、父親からの”帰ってきて欲しい”という言葉も大きかったんです」。

そんな藤本さんに地元・東みよし町の魅力を尋ねてみると「何にもないなあ」と、にやけながらの返答。

▲ 「阿波おこし」。「味匠藤本」店頭や、徳島道のサービスエリア「吉野川ハイウェイオアシス」などでも販売。

箸蔵山を背に、県道12号沿いに建つ「味匠藤本」の目の前には吉野川河川による平野が広がっています。訪れた4月中旬は、対岸の山々にぽつんぽつんと咲いた桜がピンク色に華やかに彩っていて美しい。こんなに美しい場所だけどなあと思っていたら、「なんにもないからこそ、この地の名物をつくりたかったんです」と、藤本さん。

大阪・京都の有名料理店の数々で修行した経験を持って、「そば米をもっと知ってもらいたい」と、そば米から地元の活性化を起こしています。


天空のソバ畑へ

「実はそば米を調達するのにも苦労したんですよ」と藤本さん。

「阿波おこし」発売のおよそ半年前、2020年の秋から徳島県産のそば米を探しはじめたところ、生産者の高齢化が進んでいて、なかなか安定して納品してもらえるような生産者が見つからなかったそうです。そうしてようやく出会ったのがつるぎ町貞光でそば米をつくる磯貝農園。

「磯貝さんの農園では、70代のご夫婦のほかに息子さんご夫婦も一緒に畑仕事や製造に携わっているんです。こだわってつくられているし、息子さんの代に変わっても長くそば米の商品づくりをやっていけるはずだと思ってお願いしました」。

▲ つるぎ町貞光にある三木栃集落。標高420メートル。

吉野川の南岸に渡って、貞光の町並みから四国山脈の奥へ入り、細い道を何度もくねりながら山肌を縫った先にある三木栃集落へ。教えていただいた磯貝農園へと向かいました。

▲ 磯貝さんの畑。そば米のほか、つるぎ町の雑穀生産組合でブランド化している雑穀(こきび、あわ、たかきび、はだか麦)もつくっています。4月下旬には雑穀類の種まきを開始するそう。

突然出向いたにも関わらず、磯貝勝幸さん・ハマ子さんご夫婦が笑顔で出迎えてくれて、ちょうど竹藪刈りに来ていた息子の一幸さんが畑を案内してくれました。なんと一幸さんは17代目だそうです。

「傾斜地農のなかでもこの傾斜はゆるい方で、およそ15度前後。手押しの耕運機は使えますが、種まきや収穫等はすべて手作業なんです」。

一幸さんに畑の中に立っていただくと一目瞭然。斜面に畑をつくっていることがわかります。これでも傾斜がゆるい方だというのが驚きです。ましてやただでさえ重労働の畑作業を機械も導入できず手仕事で、400年以上も代々守り続けてきた畑です。

「寒暖差があるこの地は、ソバづくりに最適なんです。うちで育てているのは在来種。香りが強くて、蕎麦粉にして二八で打っても十割に負けないほど。もうやっているところは少ないですが、刈り取り後にちゃんと“はで干し”をしているのでさらに風味が増すんです」。

なるほど、「阿波おこし」を食べたときに感じたそばの豊かな風味は、受け継いできた在来種の味、そして丁寧にソバづくりをしているからこその豊かな風味なのだと知りました。


かかしたちと列車をお見送り

15時20分、約束の時間がきました。
「味匠藤本」から車で3分ほどにある吉野川に架かる鉄橋が見える道沿いへ。先に待っていたのはたくさんのかかしたちです。

「毎週末、鉄橋の下に行って列車のお見送りをしているんです」と、藤本さんから聞いて、その様子を見せてもらうことにしたのです。

その列車とはJR四国が運行する観光列車「四国まんなか千年ものがたり列車」。大歩危駅発琴平行きの弁当「おとなの遊山箱」を「味匠藤本」が担当しています。

▲ 「四国まんなか千年ものがたり」列車は、毎週金曜・土曜・日曜を中心に運行。藤本さんたちが中心になって手づくりした“かかし”たちも一緒にお見送りしてくれます。

15時30分過ぎ、列車はゆっくりとスピードダウンして吉野川を渡ってきます。車内でもアナウンスがされているのか、手を振って歓迎する藤本さんたちや大勢のかかしを見つけて乗客が手を振り返してくれていました。

▲ この日は都合で来られてませんでしたが、有志でお見送りをされている方の中には送迎中、衣装を着て阿波踊りを披露する方もいるのだそう。

「わざわざこんな田舎の観光列車に都会から乗りに来てくれて、私たちのお弁当も食べていただいた方々に何かできないかと、感謝を込めて5年前に両親が有志と一緒にはじめたんです」。

藤本さんをはじめ、東みよし町の方たちの素敵な笑顔に見送られて、私もこの取材の旅の帰路につきました。

第2回は、“にし阿波”に残る歴史的町並みを訪れてみます。お楽しみに!


日本料理 味匠藤本
徳島県三好郡東みよし町昼間2440-3
tel. 0883-79-3212
https://aji-fujimoto.com/



日本料理 味匠藤本の商品は、Lacycle mallでお買い求めになれます。

にし阿波名物 阿波おこし

にし阿波の伝統食「そば米」を使った日本料理店が作る今までにない新しいお菓子です。そば米の栄養価そのままに、ひとつひとつ完全手作りで「おこし」風に仕上げています。