わたしと徳島 vol.2
阿南市/加茂谷地区

わたしと徳島 vol.2<br>阿南市/加茂谷地区

阿南市/加茂谷地区




関正秀さん(36歳・奈良県出身)麻希さん(36歳・大阪府出身)善介くん(1歳)

<移住までの軌跡>
正秀さん/奈良県桜井市生まれ→大阪府(大学進学&就職&結婚)→2023年より徳島県阿南市加茂谷地区
麻希さん/大阪府門真市生まれ、大学も仕事(高校教諭)もずっと大阪府→2023年より正秀さん、善介くん、猫2匹とともに阿南市加茂谷地区


すべては文書館の内定から始まった

▲社会人2年目の2013年に結婚。「いずれは田舎に移住したい」の夢が急展開!

麻希さん:小さなころから先生になりたくて、大阪府の教員採用試験を受けてみたら合格。大学院進学も考えていたのですがあきらめ、卒業後すぐに日本史の教員になりました。2011年4月から豊中市の豊中高校に勤務し、9年目から教育委員会の出先機関、教育センターへの勤務(先生に対して授業のアドバイスや研修を行う)と掛け持ちになり、なかなかハードに……。やがて教育センターに常駐勤務となって2年目に突入したころ、たまたま大学のOBから送られてくるお知らせの中に「徳島県立文書館」の古文書専門員の職員募集の情報を見つけたんです。応募条件を見てみると、一般的には必要とされる修士(大学院卒業)や学芸員の資格が不要でした。じゃあ受けてみよっか、というような感じで。それが2021年の7月です。

▲徳島県立文書館は元県庁の建物を部分移築した重厚な外観。「初めて見たときは圧倒されました。公園内の木々に季節の移ろいを感じながら勤務しています」と麻希さん。

正秀さん:同じ大学の同級生で、私は摂津市役所の職員になりました。年を取ったら田舎に移住したいなあということを前々から二人で話してはいたんです。ぼんやりした思いでしたが、就職して10年経って仕事もひと通り経験して、このままでいいんかなあ……みたいな気持ちになっていたタイミングでした。「試験を受けてみたら」と言ってはみたものの、勉強もしてなかったし、そう簡単に受からないだろうと思っていたら、トントンと話が進み……。

麻希さん:試験や面接が進んでいく中で、移住が少しずつ現実味を帯びてきて。

正秀さん:お?お!と、気持ちが徐々に徳島移住へと向かっていきましたね。

麻希さん:ただ、内定が出た直後に妊娠が判明、予想外の出来事でした。すぐに当時の文書館館長さんに相談してみると、「ええ!?」となったのですが、受け入れてくださって。翌年4月からの採用でしたが、出産予定日が5月だったのでそのまま産休と育休で1年。県職員初の事例だと言われました(笑)。

正秀さん:これまでの人生も縁を大事にして選択してきたので、徳島へ行こう!とすぐ心が決まりましたね(笑)。私は2022年秋まで働いて、そこから半年間の育休をとってそのまま退職という流れに。


加茂谷の人たちにだまされてる⁉

▲水井町にある移住体験ハウスと手作りのモアイ像がある広場。

麻希さん:徳島のことはまったくわからず、「文書館に勤めること」だけが決まっていたので、住まいは文書館のある文化の森総合公園に通える範囲に、というのが唯一の条件みたいなものでした。

正秀さん:農業をしたいと思っていたので、そういう暮らしができる場所を探し始めました。ありがたいことに当時の文書館館長さんがとても温かい方で私のことも気にかけてくださり、徳島のことを何かと教えてくれました。その方とのご縁から最初は佐那河内村や神山町を見て回りました。そのうち、ネットで阿南市のNPO法人『加茂谷元気なまちづくり会』を見つけたんです。そこに出ていた事務局長の柳沢久美さんの笑顔に惹かれて。ちょうど大阪で「新農業人フェア(就農相談会)」が開催されるタイミングでした。加茂谷のブースも出ることがわかり、狙い撃ちで出かけたら柳沢さんがいて、あ!本物やと(笑)。実際の印象もすごくよかった。それが11月でした。

麻希さん:年が明けて2022年2月ごろ、二人で加茂谷を訪れました。先ほどの「加茂谷元気なまちづくり会」が一日中案内してくれて民宿で1泊。空き家も見せてもらったら地区の一番下手にあって文化の森にも通いやすい場所でした。初めて来たのにここに移住するという気持ちになっていて、不思議と迷いはなかったですね。

正秀さん:加茂谷の人たちはとても面倒見がよくて優しくて、家もビニールハウスも安く借りられるし、引っ越しも手伝うよと言ってくださって。来てみたらいいことづくめなのでだまされているんじゃないか?と言っていたくらい(笑)。農業をするにしても加茂谷の場合は新規就農のサポートが手厚いことがわかりました。ベテラン農家のもとで教えてもらえるとのことで私にはそれが合っているなとも思い、ここに決めました。

▲移住の決め手となった「加茂谷元気なまちづくり会」事務局長の柳沢久美さん。

柳沢さん:これまで22組、80人弱の方の移住を受け入れてきました。関さんご夫婦に初めて会ったとき、奥さんの印象がよかった! 話が弾むし私もおしゃべりだから楽しかった。加茂谷の未来にとっても若い世代の人たち来てくれるのはありがたいことだし、どうしてもこの二人に移住してもらいたいと思ったので家探しも頑張りました。こうして実際に移住してくれてうれしいですね。


地域おこし協力隊として農業の研修中

▲すだち農家を目指し、現在は師匠のハウスで農業修行中。
▲2023年に東京で開催された「新農業人フェア(就農相談会)」にスタッフとして参加。

正秀さん:この辺で新規就農となると、年に何度も収穫できてリスクの少ない小松菜やチンゲン菜などの葉物野菜が中心です。移住をしてから葉物野菜やみかん、すだち農家の収穫や出荷などのお手伝いをしてきました。ゆくゆくはすだち農家になろうと決めたので、現在はすだちをハウス栽培している師匠のところで農作業を手伝っています。また、2023年4月から3年の任期で地域おこし協力隊としても活動をしています。移住希望の方が来たら案内をしたり、移住フェアに出向いたり、移住者が中心となって開催しているイベント「カモ~ン加茂谷 かもかもフェスタ」をお手伝いしたり。ほかにも遍路宿をしてみようかと計画中です。やることもやりたいこともたくさんあって充実しています。


お裾分けの豊かな暮らし

▲縁があったのはリフォーム済みの2階建て5LDKの好物件。

麻希さん:家はすごくラッキーでしたね。用意していただいたのが築40年くらいは経っているのですが、1階は当時ひとり暮らしだったおばあさんのためにリフォームされていたおうち。まだまだ使える家財道具もありました。しかも加茂谷の場合、移住者はどんな物件でも賃貸料は月2万円くらいで、元気なまちづくり会が紹介してくれます。畑も駐車場もついているんですよ! 両親も気に入って毎月大阪から高速バスで来てくれます。

(取材時に滞在中)麻希さんのお母さん:孫のお世話や家事手伝いに来ていますが、いいところですよね。夫は草むしりや木の手入れなど畑仕事をしています。大阪ではできないことをするのが楽しいみたい。

▲善介くんのおもちゃもご近所さんからのおさがり。
▲食卓にはいつも加茂谷の恵みがたくさん。柿ジャムはお母さんの手づくり。

正秀さん:農作業のお手伝いに行くと、野菜をたくさんいただきます。みかんや柿、いちごもいただくことが多いので買わなくなりましたね。

▲ご近所さんからいただいた果物で作るジュースがお気に入り。

加茂谷といえば那賀川と遍路道

▲加茂谷沈下橋。かつては渡し船があったそう。

正秀さん:那賀川の流れや山の景色がきれいですよね。車を停めて眺めることもあります。

麻希さん:サギやカモなどの水鳥をたくさん見ます。阿南西部公園から見下ろす加茂谷のまちと川の景色が好きです。

▲若杉山遺跡近くにある遍路道の案内。
▲水井橋近くにある石造群。かつて水井渡しの船頭小屋横にあったものが移設されています。

正秀さん:この辺は太龍寺(四国八十八ヶ所霊場第21番札所)へと続く“かも道”と呼ばれる最古の遍路道もありますし、お遍路文化、お接待文化が残っています。どこもまめに掃除されていていつもきれいな状態です。

▲小仁宇村の庄屋だった秋本家に残された、江戸時代後期の那賀川における鮎漁について記された資料の一部。傍線部は順に長川(那賀川)、大井村(現・大井町)、小仁宇村(現・那賀郡那賀町小仁宇)。写真提供:徳島県立文書館

麻希さん:人の暮らした形跡があるところや昔ながらの道にお地蔵さんや石造があるのですが、加茂谷はまさにそうですよね。私が勤める文書館に数点ですが加茂谷に関する江戸時代の古文書があります。弥生時代の若杉山辰砂採掘遺跡をはじめ、この地域の歴史もこれからもっと知りたいなと思っています。また、文書館では「とくしまデジタルアーカイブ」サービスを提供しています。誰でも利用でき、地域や家に残っていた古い資料(はがきや写真、文書)などから徳島の昔の姿を知ることができますのでご活用いただけたらうれしいです。

正秀さん:加茂谷の人たちは自分たちの暮らしは自分たちで向上させようという気概を持っています。住民パワーがすごい。ただ、恥ずかしがり屋さんなのか、普段からグイグイ来ることはありません。でも気にかけてくれていて困ったらみんなが助けてくれます。それが本当にありがたいですね。たくさんの人に、とにかく一度加茂谷を訪れてもらって、自然や人の魅力に触れてほしいです。もし加茂谷にご興味があれば気軽に問い合わせしてくれたらうれしいし、私が担当しているインスタグラムに直接メッセージをいただいても。あ、ひっそりと田舎暮らしがしたい人にはおすすめしません。人と関わる町ですから。「ともに暮らそう」がキャッチコピーです。せっかく移住してきたまちですから、何十年後に子どもたちに誇れるまちにしたい。今後も、もっともっと加茂谷の魅力を磨いていけるように、協力隊として、住民としてがんばっていくつもりです。

麻希さん:子どもが大きくなるにつれて教育面などで心配事が出てくるかもしれませんが、とにかく人も環境もいいので今のところ楽しいことばかりです。祖谷には行きましたが、まだまだ知らない場所も多いので南へ北へ西へ、徳島を巡りたいと思っています。

「加茂谷元気なまちづくり会」
https://kamodani.sakura.ne.jp/
インスタグラム@m_kamodani_g_c