「世界農業遺産」で暮らす磯貝家の春夏秋冬
【第二回】酷暑の夏を乗り越えて秋へ

「世界農業遺産」で暮らす磯貝家の春夏秋冬 【第二回】酷暑の夏を乗り越えて秋へ

プロローグ

曲がりくねった山道をのぼった先にある、3軒の民家が残る小さな集落へ。目線の高さほどに山の稜線が広がるここは徳島県つるぎ町の三木枋(みきどち)集落。2018年に「界農業遺産」に選ばれた「にし阿波」エリアにあります。

この地で400年以上に渡り代々農業を営んできた磯貝家は、現在、16代目の勝幸さんとハマ子さんご夫婦、そして犬のコロスケとアンコの二人と二匹暮らし。ふもとの町で暮らす息子の一幸さんも毎日山にあがってきて、一緒に農作業を行っています。ソバや雑穀など「にし阿波」ならではの食物のほか、「スーパーマーケットで売っている野菜はほとんど自分の畑でまかなえる」というほど多品目の野菜を育て、味噌やこんにゃくなどを手づくりしながら暮らしています。また、そんな自給自足的な山の暮らしを体験できる農家民宿「そらの宿 磯貝」も営んでいます。

本連載では、この土地で脈々と受け継がれてきた生活を営む磯貝家の春夏秋冬をお届けします。



【第二回】酷暑の夏を乗り越えて秋へ


自然のままに“ここにある”ものを使う

日本各地で30度以上の真夏日が続いた2024年夏。標高約400メートルと徳島県内でも標高の高い地域に位置する三木栃集落も例外ではありませんでした。ナスやトマト、キュウリなどの夏野菜の収穫を待ちわびて磯貝家に連絡を入れると「今年の夏野菜はほとんど収穫できなかったんよ」と悲しい知らせを聞くことに。

「酷暑のうえに雨が降る日が少なくて、枯れてしまったり育ちが悪かったり……。ようやく小さな野菜がなってきたと思ったら収穫する寸前で猿に根こそぎ食べられてしまってな。猿も山に食べもんがないんやろう。こんなことは今までなかった」と磯貝ハマ子さんは落胆した様子です。

特に、三木栃集落に在来種として代々受け継がれてきた「太きゅうり」は、集落一帯のどの家でも「全滅した」と嘆いている様子。「今年の種を収穫できなかったから、まだ残っている昨年の種を植えて試してみるけれど、きちんと育ってくれるかどうか……」と、息子の一幸さんは心配そうに話します。

「自然の力だけで農業するんが、うちらのやり方やけんなあ」とハマ子さん。

磯貝家では、たとえ雨が降らない日が続いても、自分たちで畑に水をやることはありません。自然の力に任せて育てるのが磯貝家の農業。「うちらは“ここにあるもん”でなんとかしていく、そういうもんやけんな」と話すハマ子さん。じつにたくましく映ります。

▲ 「ムギの茎をこうやって繋げて“ほたるかご”をつくるんよ」と教えてくれるハマ子さん。

ムギの茎は徳島県吉野川市美郷(みさと)地区に昔から伝わる「ほたるかご(※麦わらを編んでつくる蛍観賞用の虫かご)」づくりに使ってもらうため、ソバの茎は灰にしてコンニャクづくりの灰汁として使うため……。また、磯貝家の小屋に積まれたたくさんの藁(わら)は“ここにあるものを使う”磯貝家の知恵の結集です。

「水不足で実がつかなったタカキビも刈り取って乾燥してホウキにするんよ。冬に宿泊予約をしてくれているお客さんにタカキビのホウキづくり体験をしてもらおうと思ってな」

枯れてしまったタカキビも無駄にはしません。

▲ 雑穀「タカキビ」。背丈ほどの高さに成長していますが、水不足でこのほとんどに実が入っていない状態だそうです。
▲ 不作のなかでもなんとか収穫できた実の付いたタカキビ。


この夏の食卓

「毎年東京で暮らす娘たちにたくさん夏野菜を送ってあげとったけど、今年は自分たちで食べる分もままならなかったわ」。

この夏、磯貝家の食卓に並ぶのは、被害に合わなかった生ショウガやインゲン豆など。梅干しを漬けたあとの紫蘇の葉を乾燥させてつくったという自家製ふりかけを混ぜ込んだおにぎりも。「あるもんを食べるだけよ」とハマ子さん。

▲ 生ショウガにさっと醤油をかけたもの。磯貝家のショウガは味が濃くてしっかりと辛味があります。

「ショウガはらっきょうを漬けてた酢を使って漬け込むときれいなピンク色になって美味しいんよ」と勝幸さんの顔がほころびます。

▲ じゃがいも団子用に昨晩から煮込んだ赤じゃが。翌朝、もう一回煮立たせてしっかり味を染み込ませます。

春に植えた赤じゃがは、初夏にたくさん収穫できました。

煮干しでとった出汁と醤油、砂糖で味付けをして、じっくり煮てからひと晩寝かせたこの赤じゃがの煮物は、にし阿波の山間部で親しまれてきた「じゃがいも団子」に使う用に、とつくってくれていました。

▲ 「じゃがいも団子」用に煮た赤じゃがを味見。この春収穫した磯貝家の新茶と一緒に。

一口サイズほどの赤じゃがは、もっちりとした弾力があるので“団子”として使われるのも納得です。冬にはおでんに入れて楽しむそうです。


かまどで蒸す“じゃがいも団子”

もくもくと湯気があがって、外よりも一層蒸し暑い部屋の中、ハマ子さんは大きく腰を曲げて「くど(かまど)」の様子をうかがいます。たっぷりの湯が沸いたら、団子づくりの準備は万端。

▲ 勝幸さんが手づくりしたというかまどで湯を沸かします。

小麦粉のなかにミックス粉と塩を少し混ぜ、少しずつ少しずつ水を加えながら生地をこねます。生地の具合はハマ子さんの手先の感覚が頼り。

「硬すぎても柔らかすぎても包みにくい。しんなりしてきて“いきおうてきた(しっくりときた)”ら生地の出来上がりよ」

一時間寝かせて“いきあう”のを待ちます。

▲ 手際よく生地を丸めていくハマ子さん。

手のひらに小麦粉をさっとまぶし、なんのためらいもなく一個分もぎ取った生地を軽く揉みながら広げると、その真ん中に赤じゃがをなんとまるごと一個、ごろっと置きました。くるくると手のひらを回しはじめると、あっという間に丸い団子の出来上がり。年季の入った木製のばんじゅう(餅や麺、菓子などを入れて重ねて運んだり保管したりするのに使う平たいケース)に敷き詰めて、せいろで蒸すこと15分。「じゃがいも団子」の完成です。

▲ 蒸しあがってすぐのじゃがいも団子。

「じゃがいも団子」は、その昔、農作業の合間に食べていたおやつ。少し塩味の効いた生地と甘辛い赤じゃがの煮物がマッチした「じゃがいも団子」は、ボリュームもあり、腹持ちが良いこと間違いなし。

磯貝家では予約をすれば「じゃがいも団子づくり体験」をすることができるほか、ふもとにある「剣山木綿麻(ゆうま)温泉」のマルシェで販売することもあるそうです。


この土地の農業に合った昔ながらの道具たち

磯貝家を訪れると今では珍しい古い農機具が次々に登場します。

この日、庭でガタガタガタと大きな音を響かせていたのは精麦機(麦類の皮を除去する専用の機械)。なんと昭和初期から使われているものだと言います。

「この精麦機のことは“だるまうす”と呼んでいます。現役で使っているのはうちぐらいじゃないかな?」と一幸さん。

▲ 電動機を使って精麦機を動かします。精麦の様子をうかがうハマ子さんと一幸さん。
▲ 摩擦を起こすことで皮がむけていく仕組み。少しずつ白くなっていくハダカムギを確かめる勝幸さん。

6月頭に収穫して“もみ付き”で保管しておいた「ハダカムギ」をじっくり一時間かけて精麦するそうです。

「ムギとソバはこの機械で精麦します。特にソバは実の形が三角形をしているので、この機械を使ってできるだけやさしくむかないと割れてしまうことがあるんです」と一幸さん。

▲ 精麦後のヌカをふるいで落としています。ヌカは10羽飼っているニワトリのエサに混ぜるのだそう。

精麦後は、ふるいにかけてヌカを落とし、水洗い。数日かけてしっかり乾燥させます。「ただ置いておくだけではあかん。毎日混ぜて水分を飛ばさないとカビてしまう。なんでも手を入れてあげんとあかん」とハマ子さん。

▲ 乾燥しておいた粟を小屋の下へと運びます。

アワの脱穀はなんと手作業。
乾燥させておいたアワの穂を木製の棒で叩き、実を落とします。

▲ 木槌(きづち)で叩いて脱穀。
▲ 小さな粟の実。

昔ながらの方法で雑穀を栽培し、保存する、磯貝家ならではの農作業風景が見られました。


満開の白いソバの花

初秋の磯貝家。
庭の立派な栗の木には拳よりも大きな実がごろごろとなっています。

▲ 磯貝家の栗の木。若いうちはイガが柔らかく、猿に食べられてしまうこともあるそうです。

「栗ごはんにしたり、赤飯に入れて炊いたりして食べるんよ」

栗も猿の被害に遭いましたが、それでも食卓に並べたり、注文を受けて販売したりできる十分な量を収穫できたそうです。

▲ 満開のソバの花。

9月末、ようやく朝晩の空気が涼しくなってきて、夏の終わりを感じられる気候になってきました。傾斜のある畑には、ソバの白い花が一面に咲き誇っています。ソバ畑の近くを歩くとブーンブーンと聞こえてくるのはミツバチの羽の音。

「ミツバチのおかげで受粉が進み、実をつけることができるんです」と一幸さん。

ソバを刈り取って、こんにゃく芋を収穫したら、いよいよ厳しい冬を越す準備がはじまります。



磯貝農園(そらの宿 磯貝)
tel.090-9555-7806/0883-62-4075
徳島県美馬郡つるぎ町貞光字三木枋109
https://www.instagram.com/isogainouen/

※ 宿泊利用者は磯貝家の農作業や手仕事の体験ができますが、季節によって体験できる内容が異なります。詳細はお問い合わせください。(そらの宿 磯貝について https://nishi-awa.jp/stay/1170/