わたしと徳島vol.4
三好市山城町『大歩危』

わたしと徳島vol.4 三好市山城町『大歩危』

移住や仕事、二拠点生活などなど、徳島で暮らす県外出身者の方を中心に、きっかけや暮らしぶり、印象などをインタビュー。ただ、ひとくちに徳島といっても県南、県西、県央部など、地域によって風土も文化も異なるものです。人や暮らし、そしてその奥に見えてくる徳島に迫ります。

三好市山城町『大歩危』


木下 竜(39歳)

<移住までの足跡>

滋賀県大津市生まれ→京都市(大学&就職)→2011年三好市山城町へ(移住)→2022年同地で創業


自然の中ならどこでもよかった

滋賀県大津市琵琶湖の西側に連なる比良山地のふもとで生まれ育ちました。両親の影響で幼いころより登山やスキー、サイクリングなどのさまざまなスポーツに親しんできました。高校からはアメリカンフットボールを始め、大学は京都に進学。その後、実業団チームに所属して約10年間選手として活動しました。

大学卒業後はそのまま京都で教育関連の事務職として働いていたのですが、3年ほど経った頃に自然の中で身体を動かす仕事がしたいと思うようになりました。環境もガラッと変えたいという思いも重なり、見つけたのがラフティング(6~8人乗りのゴムボートで川下りを楽しむウォータースポーツ)のツアーガイドの仕事。それがたまたま三好市だった、というのが徳島に移住してきたきっかけです。2011年4月、26歳で三好市山城町に引っ越してきました。

▲ラフティングガイドをしていたころ。(写真提供:木下 竜)

当初は何のツテもないので、不動産屋で見つけたアパートで一人暮らしをしていましたが、結婚をきっかけに、2016年に山城町にある妻の実家に引っ越しました。妻は生まれも育ちも地元。この辺りは山間部で地域のコミュニティは昔ながらの住民中心の小さなもの。私はほとんどお付き合いがありませんが、妻がいることで物事がスムーズに運んだりわからないで迷ったりすることが減って、助かることも多くなりました。


カヤックに出合ってしまった

四国に来るのも初めてでいきなり移住したのですが、三好市山城町はすぐそばに山もあって水辺もあって、生まれ育った環境に似ていて縁を感じました。大歩危の渓谷美と水の澄んだ吉野川に親しみが沸いて、自然とこの土地に溶け込めたように思います。

▲山城町の大歩危峡。国の天然記念物、名勝にも指定されています。

その後はラフティングのガイド修行で何度かウォータースポーツのメッカであるニュージーランドを訪れていたのですが、29歳のときにクイーンズタウンでカヤックスクールに参加したことが大きな転機になりました。そこからリバーカヤックに傾倒していきましたね。

▲2023年にオーストリアのエッツタールを訪れたとき、仲間たちと。(写真提供:木下 竜)

ちなみにカヌーとカヤックの違いをざっくりと言うと、カヌーはパドル(水をかいて舟を進める道具)を使って漕ぐ小舟の総称のこと。カヤックはその中でも、基本一人乗りの小型の舟で左右にブレードのついたパドル(ダブルブレードパドル)で漕ぐタイプを指します。

▲木下さんのパドルを漕ぐ姿はエレガントという形容詞がぴったり。(下写真提供:木下 竜)

初めてカヤックを経験したとき、水上からの美しい景観はもちろんのこと、スポーツとしての魅力にグッと引き込まれました。リバーカヤックはその名のとおり、川がゲレンデです。緩やかだったり急だったりする川の流れを知識とパドルなどの道具を使いこなす技術をいかして漕ぎ進んでいかなければいけません。加えて、どんな状況でも慌てず冷静にパフォーマンスする精神力が求められる、奥の深いスポーツです。

雪が降る中、冬の厳しい自然と対峙しながらカヤックに興じる人たちの姿がとにかくかっこよくて、これだ!と強く感じました。カヤックの難しさと楽しさ、達成感に心を掴まれて、帰国後すぐ、カヤック道具一式を購入し、来る日も来る日も吉野川で練習に励みました。その後数年は川に行かない日はないほどのめり込んでいましたね。

▲雪の大歩危峡。暖かいウエアを着用して冬も楽しめます。(写真提供:木下 竜)

ゲストハウス&カヤックショップをオープン

移住をしてから10年ほどが経ち、公私共に充実はしつつも心のどこかで満たされていない感覚がありました。ここでの日々の生活にも慣れていたし、周りとの良い交友関係も持てていました。何よりもすぐに川や山に行けることが喜びでした。

そんななか、移住をしてからこれまで積み上げてきた経験や知識をアウトプットすることが誰かのためになるのではないかと考えていくようになりました。そこからは自分が満足することよりも市場の需要に対して今、自分のできることをすり合わしていくことに注力していきました。

私のコンセプトはとてもシンプルで、この地を訪れる人が気軽に泊まれてアウトドア体験ができる施設をつくることでした。私が大好きなリバーカヤックというスポーツを国内外たくさんの人に体験してもらいたかったことも起業に至った大きな理由のひとつです。

さまざまなご縁は重なり、そのような着想を得るタイミングで知人を介して空き家を紹介していただきました。そこから約1か月というわずかな準備期間を経て、2022年12月にゲストハウスの開業に至りました。不安よりもこれから始まるんだ!という気持ちの高揚があったと記憶しています。

近年ではインバウンド需要の高まりからヨーロッパを中心とした欧米圏のゲストの方が増えてきました。日本にいながら毎日英語を話す環境にいることが非常に嬉しくもあり、充実した日々を送っています。かつて海外修行で培った語学が今とても役に立っていて、人生無駄なことはないんだと実感しています。

当宿泊施設ですが、JR大歩危駅からは徒歩圏内の場所に位置し、大歩危や祖谷渓谷への観光の玄関口と位置づけてこれまで営業をおこなってきました。さらに新しい試みとしてこの春からは大歩危駅により近い立地で宿泊施設を開業します。

▲JR大歩危駅から大歩危橋を渡って徒歩7分程度のところにある新店舗。

▲快適なスペースづくりもすべて自分の手で。

木下流・大歩危の歩き方

カヤックは夏場のものと思われがちですが、オフシーズンはありません。ただ実際は春から秋にかけて忙しく、それほど忙しくない冬もゲストハウスやカヤック道具のメンテナンス、仕入れ、事務的な仕事やセールスなどやることは尽きず、完全な休日はありません。

でも、半日時間が空けば友人とカヤックをしたり、国見山に登ったり。地元の人は美しい山にも清流にもそれほど興味がないようですが、短い時間でも気持ちよくリフレッシュできる環境がそばにあるのはいいですね。

▲大歩危峡観光遊覧船と手を振り合うことも。

日々の買い物は大歩危駅前にある「歩危マート」で。食事も向かいの「歩危マート2号店」でうどんや祖谷そばを食べたり、「道の駅大歩危」内にある「Cafe&ジビエ」でジビエバーガーを食べたり。また、この辺は温泉も多くて全部は行けていないのですが、「サンリバー大歩危」と「松尾川温泉」が泉質もよくて好きです。リクエストがあればゲストにも案内していますが、喜んでくれますね。

この辺は世間一般でいうと不便な場所になると思うのですが、個人的には生活に不便を感じたことはありません。

▲名物の巨大油揚げ“ぼけあげ”や祖谷豆腐なども並ぶ「歩危マート」。

▲「Cafe&ジビエ」のイノシカチーズバーガー。ジビエカレーなども。

この土地の空気感が好き

ここに暮らしていると、「一番好きな季節はいつですか?」とよく質問されるのですが、選べません。どの季節も好きなんです。春は眩しいほどの新緑、夏は暑いのですが水辺は気持ちいいし、秋は紅葉する山、冬は厳しい寒さの中に見る自然の美しさ……。ここでしか味わえない、四季折々の空気感が好きです。自然の移り変わりを肌で感じ取れる豊かな土地に惹かれています。

ヨーロッパ系のゲストも大歩危や祖谷の景観に感動されています。とくにオランダの方は自国に険しい山がないので、山が迫ってくるような眺めに圧倒されるようで驚いていますね。

▲初夏の「祖谷のかずら橋」。ゲストを案内することも。

私のお気に入りは国見山です。地元の人はあまり行かないみたいで超穴場。ここから近いので思い立ったらすぐ行けます。半日で絶景のロケーションが味わえる場所はほかにはないので、季節を問わずよく登っています。

▲国見山登山道の手前。剣山系が望めます。

県内ではトレイルランニング(登山道や林道などの自然の中を走るスポーツ)のレースに出るために徳島県南部の牟岐町に数回行きました。こことは全然違った海辺の景色が気に入っています。ほかの地域にも興味はありますが、カヤックの展示会の時期に合わせて数年に一度ヨーロッパを訪れていて、今年も計画しています。今はそれが楽しみですね。


自ら切り拓いていく方におすすめ

三好市池田町はサテライトオフィスなどもあり、移住者もそれなりにいると思いますが、この辺り(大歩危・祖谷エリア)は少ないほうです。この辺りはビジネスでも観光でもまだまだ未開拓な面が多いし、地元の方も世話を焼くタイプでもないように思います。何事にも自ら切り拓いていくことをいとわない方におすすめですね。

あと、登山やカヤックなどのアクティブなスポーツを好む方にも。マニアックなゲストが多いので、いわゆる観光地だけでなく秘境にも案内する機会も増え、ますます地域に詳しくなりました。移住して14年、私はここの“スーパーオタク”です。移住者だからこそ、この素晴らしい環境が当たり前ではないと気づけ、強い愛着を持てたように思います。この土地に出合っちゃいました。

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Riviera Iya Valley(リヴィエライヤバレー)

JR大歩危駅から徒歩7分

<ゲストハウス/吉野川カヤック体験/国見山ハイキングツアーほか>

Instagram:@riviera.iyavalley

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