「素直に」緊張していますか? 今年も春が、やってきた。厳しい寒さの冬が終わって気温もグンと上がり、山のあちこちが、ピンクや黄色など色鮮やかに色づく。…
私は今、沖にいます。
このコラムの連載が始まって1年が経つ。始めた時に、私は「多面性」をコラムのキーワードにした。日々の暮らしの中で感じることや、上勝町のことについて書いていく中で、様々な角度から「上勝町で暮らす東輝実」について知ってもらうきっかけを作りたかった。皆さんの中で想像していた「上勝像」や「あずま像」に変化はあっただろうか? かくいう私自身は、この1年で変わった自身の暮らし方や考え方の違いを、自分で受け止めようと、文字通り自分に向き合っている最中である。
それは、戸惑いながらも、少しずつ強くなっていく感覚で、これをどう表現すればいいのかな、と考えていた時、よく聴いているPodcast番組TBSラジオ『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』で、パーソナリティーのお二人が「沖に出る」という言葉を使っていたのを聴いて、腑に落ちた。これは『老人と海』というヘミングウェイの小説から引用された言葉だが、元TBSアナウンサー堀井美香さんが独立してフリーとして活動すると決めたことと、小説の中で不漁が続く老漁師が、意を決して沖に漁に出ることが同じだという比喩表現として使われていた。このエピソードを聴いた時、私も沖に出てみたんだ、と感じたのである。
今年1月からカフェに立つのを週に一度に減らしたり、ゼロ・ウェイストを学びたいと訪れる方々に自身の話をしたりするなど、新しい仕事を始めてみた。カフェのお客様にとっては、毎日あったランチは日曜日だけになったし、定休日が週に3日もあるということで、行ける曜日が休みと合わない方もいて、戸惑わせてしまったと思う。それに対して、罪悪感も感じている。
なぜ、変えたのかについては、第7回のコラムで「続けるために、今は歩く。」と書いたが、私はカフェという慣れ親しんだ場所ができたことを嬉しく思う一方で、違った角度から自分達のことを見直したい、他の世界も見てみたい、と感じ始めたのだと思う。よく来てくださるお客様や、いつもサポートしていただく人たちのことは大切だ。でも、何かを変えなければ続かない。そう思っていた。
そんな時に、この連載コラムのお話をいただいて、素直に挑戦してみたいと思ったし、カフェの形を変えることに対して、自分の中ではポジティブな気持ちだった。今、改めて振り返ると、そのままを続けていたら出会えなかった人や、過ごせなかった時間があったと思うし、1年前にはなかった、新しい視点で物事を捉えられるようにもなった。それは、楽しいばかりじゃなくて、慣れないことをするのが辛く、大変なことでもあったけれど、その経験から獲得できたものがあった。自分の身も心も、日常を送ることで一杯になっていたんだな、と知ることができたのも、新しい発見の一つだ。
またPodcast番組の話になって恐縮だが、これについてジェーン・スーさんは「人は不安より不幸を選ぶ」と言っていた。一歩踏み出してどうなるかわからない、新しいことや先の見えない不安に耐えるよりも、今の状態がベストかどうかわからないけれど、その状態に自分を留めておくことを選択してしまう、と。じゃあ私はというと、決して、カフェが不幸だったわけではない。自分が自分であるために、一歩を踏み出した。いっぱいになってしまった自分の容量に、余白を設けなくてはならなかった。
先日、韓国の人気アイドルグループ「BTS」がグループとしての活動を一時休止し、ソロ活動に専念するという報道があった。突然のことに「仕事に行く元気がない……」と嘆くファンも多いのではないだろうか。私もショックを受けた一人だ。活動の一時休止にあたって、リーダーが「今のままでは、一人ひとりが成長できない」と涙ながらに語っていた。周囲から見たら、誰もが羨むような功績を残し、完璧なように見える彼らだが、そんな彼らでも、沖に出たのである。こんな人気者たちと自分を比較するのは気が引けてしまうが、自分たちが好きなことを続けていくために、周りが期待する自分から脱皮する。皆そういう時期が人生の中に、一度は訪れるものなのかもしれない。
トップ写真:渡戸香奈
プロフィール
東 輝実 / Cafe polestarオーナー
1988年徳島県上勝町生まれ。関西学院大学総合政策学部在学中よりルーマニアの環境NGOや東京での地域のアンテナショップ企画のインターンを経験。
2012年大学卒業後、上勝町へ戻り仲間とともに「合同会社RDND(アール・デ・ナイデ)」を起業。2013年「五感で上勝町を感じられる場所」をコンセプトに「カフェ・ポールスター」をオープン。その後はカフェを拠点として「上勝的な暮らし」の発掘、情報発信、各種プログラムの開発などに取り組んでいる。2015年、男児を出産し1児の母。