藍の日々―藍師&染師の一年―
【第1回】青のはじまり

藍の日々―藍師&染師の一年― 【第1回】青のはじまり

世界に誇る“阿波藍”。それは、徳島県で生み出される高品質な天然の藍染め染料「蒅(すくも)」を指します。“ジャパンブルー”と称される、唯一無二の美しい藍色の源です。本連載では、藍とともに生きる職人の日々に迫ります。
書き手はWatanabe’s(ワタナベズ)代表の渡邉健太さん。上板町で藍染めの原料となる蓼藍(たであい)の栽培から蒅づくり、さらには染色までを一貫して手がける藍師(あいし)であり染師(そめし)でもある職人です。
本来、藍の世界は分業が一般的ですが、渡邉さんはそのすべてを自ら担う稀有な存在。藍を育て、発酵させて「蒅」をつくり出す「藍師」に加え、その蒅を用いて染液を作り、染色する「染師」の顔を併せ持っています。
じつは徳島にいても、実際に藍に携わる人がどのようなことを行い、考えているのかは意外と知られていないもの。藍仕事とは何か?日々の暮らしとは? 四季の移ろいとともに、その内側を渡邉さんのみずみずしい言葉で綴っていただきます。

【第1回】青のはじまり

今年の春夏はどのような気候となるのだろうか。そんなことが頭の中から離れない今日この頃。朝起きては、休憩のたびに、夜寝る前に、スマホに入れた天気予報アプリ3種類を行ったり来たり。人様がどうにかできるわけもない自然相手になんとかしてやろうと思っている自分がそこにはいる。

夕景の中の工房
▲夕景の中の工房。ここに暮らして8年になる。

ここ3年は春が短く、うんと蒸し暑い夏が長く続いた。特に6月に入ってからは祈ることしかしていなかったかもしれない。空梅雨だったと落胆したら、雨が降り続く7月に頭を抱えた。翌年、梅雨がなかなかあけず、もう雨はいらないなんて思っていたら7月は一日しか雨が降らなかった。そして昨年、ここは日本なのかと疑ってしまうほど、亜熱帯地域のような雷とスコールが続いた。さらに農作業中、記憶が飛びそうになるほどの蒸し暑さ。畑の藍は日照時間が足りず、夏なのに藍の花が咲いてしまっていた。

藍の仕事に携わって15年目。不思議と経験を積めば積むほど、わからないことや疑問が増えていく。それらは天文学的な広がりを見せ、あらゆることを考えさせられる。だが、それがおもしろい。おもしろくてしょうがない。

今年、なんとか自然を味方につけられないかと思ったぼくは作付けの計画を立てた。蓼藍(たであい)の栽培は、大きく分けると種蒔き、定植、栽培、収穫という4つの工程があり、春から夏にかけて作業が行われる。

まずは安定した気候を保つ6月初旬までに収穫期をもってこられないだろうかと目論んだのである。その結果、藍の種蒔きを行う日を2月21日の大安と決めた。育苗に約40日、4月の初旬に定植時期の照準を合わせた。そうして、のるかそるか、今年の大一番が始まった。

ずらりと並んだ蓼藍の育苗
アップの蓼藍の育苗
▲蓼藍の育苗。

順調に育苗が進み、定植のために雨の頃合いを待つ中、「あ、ツバメが渡ってきた」と思わず口にしたのは、3月30日のことだった。いつだったか、ツバメが現れる時期に定植を行うと聞いたことを思い出した。目の前を滑空する一羽のツバメが、まるで予想的中を知らせる便りを届けてくれるなんて思ってもいなかった。すごく嬉しくてちょっと泣いた。そうして意気揚々と翌31日に最初の定植を行ったのである。

定植作業
▲スタッフと畑に定植を行った。今年も元気に育ちますように。

ぼくにとって、藍は仕事というよりも暮らしそのものである。色をあつかう生業ではあるが、自然や発酵菌などのいきものと相対する時間がほとんどであるため、もはや家族のような存在でもある。だからこそ家の真隣に工房があり、寝室からは藍畑が見下ろせる。いつ何時でも、逢いたい存在だからだ。そして何より、彼らのおかげで今のぼくたち家族は生きることができている。

▲工房は娘の遊び場でもある。

あたりまえのように工房や畑に遊びに来る子供たち。青い手になりたいと手を染め、服のシミが消えないからと染め直しをする。その光景を微笑ましく見守る妻の姿。その全てが本当に愛おしい。あたりまえであることがいかにありがたいことであるのか、生きるということの本質そのものを藍から学んでいる。

▲自分で使うバンダナを染める息子。

▲土遊びをしたり、藍の成長を確かめたり。

とはいえ、ぼくもひとの子である。時には我が強すぎて、自己中心的になることもしばしばある。そんな中、染色を行うと不思議と青がくすんで出てくるのだ。はじめは、生地のせいではないかと試行錯誤してみたり、染色液の発酵環境を改善することに試行錯誤してみたり。それでも改善しないことが続いた。逆に無意識に本質の軸が身体に通っている時、それは見事に美しい青が現れる。

▲絹の糸を染めたもの。

毎年、地元の高志小学校5年生の総合学習に参加させていただいている。一年を通して、藍について探究することがテーマだ。純真無垢に取り組む中で生まれてくる青はキラキラしていてそれはとても美しい。また、体験にいらっしゃるお客様も同様である。その手から生まれる青には力強さとキラキラしたエネルギーをすごく感じるのだ。その色を目の当たりにすると急に泣きそうになり、目が潤む。

ただの青という色ではあるが、その青から放たれている何かが、そこには確かにある。経験値による染色ムラなどはあれど、ひとの内面から放たれているエネルギーが確かに影響していることをこれらの気付きから学んだ。つまり、藍文化において技術的な側面と精神的な側面、この両方が揃わなければひとを感動させられる青を生み出すことはできないとぼくは考える。

▲毎年、地元の小学生が藍染め体験にやってくる。

よく、「藍」と「愛」をかけたネーミングや宣伝文句を見かける。見かけた当初は正直、ありきたりすぎて、ちょっとダサいかもと思っていた。しかし、この15年の年月を経てようやくその繋がりを身に沁みて理解することができた。愛をもって藍と接することでそれは素晴らしい青に繋がり、出来上がったものは暮らしの中で愛用される。まさに藍のまわりは愛で溢れていたのである。

人類が今まで、天然染料とともに暮らしてきた時間は計り知れないほど長い。一方で、化学染料の普及や大量生産・大量消費の時代の中で、現在では暮らしからほど遠い染料となってしまった。たかだか150年ほどの話である。一時期は絶滅寸前まで衰退した藍文化であるが、近年少しずつ注目度は上がってきている。それはただのトレンドだけの話であるのか。細々とでも紡がれてきたこの文化の中に、これからの未来をつくるヒントが隠されているのでは無いだろうか。現代の科学からすれば一見、超ローテクに見える染色技法であるかもしれないが、ぼくの目には超最先端の染色技法に見えている。




渡邉健太さん

プロフィール
渡邉健太
株式会社Watanabe’s代表/藍師・染師
1986年2月26日山形県生まれ。

阿波藍の産地として知られる徳島県上板町を拠点に藍の栽培、染料となる蒅(すくも)造り、染色、製作を一貫して行う。古き良き日本の伝統を残しつつ、新たな機軸で藍を伝えるべく、国内外で幅広く活動を行う。

Instagram @watanabes_japan
HP https://watanabes.jp/