酒の聖地・池田町で生まれる
日常を彩るための一本

酒の聖地・池田町で生まれる 日常を彩るための一本

呑兵衛たちの聖地、三好市池田町

徳島県を走る汽車の乗客はほとんどが学生。なのに、朝から夕方まで浮かれた大人たちでごった返す日があります。2月の下旬、笑顔の大人たちが向かうのはJR徳島駅から西へ約70分で到着する、三好市池田町の阿波池田駅。大阪の鶴橋駅が焼肉の匂いで充満しているのと同じように、この日の阿波池田駅はドアが開いた瞬間から漂う酒の香りと笑い声の数々。目的は池田町全体が酒くさくなると噂の「四国酒まつり」です。
新酒が並び始める2月頃、「実行委員のメンバーと地元民が楽しめればいい」という軽い気持ちで2000年に始まった祭りでしたが、今では他県や海外の酒飲みたちが憧れるイベントへと成長。四国にある酒蔵のほとんどが集まり、出来立ての新酒を堪能できる贅沢な内容もあってか、この期間の池田町は呑兵衛たちの聖地となっています。

▲お猪口を片手にぐるぐる周る。全員赤ら顔。熱気は阿波踊り以上です。

刻みタバコの製造から始まった酒蔵

池田町には現在、今小町酒造(中和商店)と合わせて3軒の酒蔵が存在します。「酒まつり」の効果もあってか四国を代表する酒処となりましたが、東北のようにもともと酒造りが盛んだったわけではありません。じつは今小町酒造の創業は1802年。刻みタバコの製造からスタートしているのです。
江戸時代から三好市の山間部では「阿波葉」と呼ばれる葉たばこの栽培が盛んで、江戸末期から明治にかけてたばこ産業で繁栄しました。この小さな町に70軒以上も製造所が並び、全国各地に出荷するほどの産地でしたが、戦争による資金不足のためにタバコ産業は国営化。それにともない1926年(大正15年)に3代目にあたる中村和右衞門が酒造業を始めることとなりました。
酒造業は仕方なく始まったように聞こえるかもしれませんが、この辺は四国山脈に囲まれた厳しく冷え込む気候。吉野川上流の豊富で清らかな水は鉄分が少なく、発酵が活発になりすぎない適度な硬度は“酒造りのための水”と言っても良いほど。初めから酒造りで栄えていても不思議ではないほどに条件が揃っていたのです。
加えて、主原料となる米は有名銘柄にも多く採用され評価の高い酒米、阿波山田錦。徳島県中央北部に位置する阿波市阿波町の山近く、比較的温暖な気候とあえて少し痩せた土地で育てられる米は、ほどよくたんぱく質が抜けた雑味の少ない味と香りを実現してくれます。

▲完成間近のお酒。タンクの中ではほんの少しだけボコボコと酵母たちが活動していました。

常に食卓に置いておきたい一本

酒造業の創業者である中村和右衛門の名をとった代表作「和右衛門(わえもん)」は日本酒らしい王道の香りで、鼻腔で感じ取ったイメージそのままの硬派な味わいと、食事や状況によって表情を変えてくれる器用な印象を受けます。日本酒を覚えたてのあの頃を思い出させてくれる懐かしさもあり、“これが日本酒だ!”と、お猪口の中から声が聞こえてきそうです。酒造の名を冠した「今小町 大吟醸」も日本酒らしい香りをまといながらも、キレの良いフルーティーさを併せ持ったメリハリのある一本で、品評会での受賞など多くの実績を残しています。

▲ラベルの美しい文字は代表のお母様によるもの。
▲平成20年に全国新酒鑑評会で金賞を受賞。

近年はメディアのあおりもあってか、日本酒の良し悪しを知識だけで判断するシーンをよく目にしますが、大切なのは食卓でどう輝くかです。「私たちのお酒は、食前でも食中でも、いかなる時にも楽しんでいただきたいと思っています。日常に寄り添えるような味を目指しています」と語る、6代目中村盛彦さんの言葉の通り、今小町酒造の日本酒は常に食卓の近くに置いておきたくなります。

▲タンクの中を確認する代表の中村盛彦さん。

繋ぎながら、進化させてゆく

昔から変わらないつくり方に加え、酒造りに欠かすことのできない数々の道具も継承し、先人の名前を冠した酒を作り続ける今小町酒造。繋ぎ続けるためのモチベーションは? という問いに「ただただ、先人たちの酒造りに日々感動しているからです」と一言で答えてくれました。そして、その感動が新たな一本を産み出そうともしています。「通常は2週間ほどで完成する酒母(アルコールを生成するための酵母)を、じっくり1か月かける伝統的な方法を実験中です。時間をかけることでよりコク深い味に仕上がる予定です」。先人へのリスペクトを込めつつ、現代の常識にとらわれない柔軟な発想はこれからの徳島の酒造りをアップデートしてくれそうな予感がします。

▲精米後の米を洗う木桶。いつ頃から使用しているかは不明だそう。
▲洗米の後、水を吸わせた米を甑(こしき)に入れて、釜の上で蒸します。
▲ここで蒸しあがったお米を広げて冷まし、麹室に移動して麹菌をふります。

酒造蔵など国登録有形文化財に登録

「四国酒まつり」は酒を飲むだけのイベントではありません。3軒の蔵元が酒蔵を開放することも人気の要因です。とくに今小町酒造は刻みタバコの製造業から始まったということもあり、他とは違った面白さがあります。それは建築物。明治中頃に建てられた酒造蔵のところどころにはタバコの銘柄であった「カネダイ」の紋が見られたり、酒蔵にしては高い天井も特徴的です。また、通り沿いの事務所は大正末期の建築で、モザイクタイルや各所の仕上げにはどこかモダンな雰囲気を感じます。中庭の米を蒸していた場所には赤煉瓦で組んだ煙突が鎮座し、美しく風化したロゴマークが雰囲気を出しています。
当時の姿を残したこれらの建築物は、令和元年12月5日に国登録有形文化財に登録。酒まつりや観光などで池田町を訪れる際にはぜひ酒蔵見学も一緒に。

▲大正末期に建築された事務所。淡い水色の引き戸が目印。
▲外からは見えません。酒蔵見学に訪れた人だけが見られる煙突。

先人たちが作り上げた仕事を丁寧に継承する神聖な場所で飲む一杯は特別な思い出を与えてくれるはずです。「四国酒まつり」は昨今のコロナ禍で開催中止や延期に見舞われていますが、いつの日かぜひ現地でお楽しみください。

▲「酒造りは何年やっても完成されない、終わりがないから面白いんです」。

今小町酒造(中和商店)
徳島県三好市池田町サラダ1756-2
tel.0883-72-0126


 

中和商店の商品は、Lacycle mallでお買い求めになれます。

今小町 大吟醸 720ml

徳島県産の原材料にこだわり、麹米、掛米ともに『阿波山田錦』を100%使用。 華やかな吟醸香とキメ細かな味わいをお楽しみ下さい。