[連載コラム][第16回]
今日は、どこから見てみましょうか。

[連載コラム][第16回] 今日は、どこから見てみましょうか。

江戸時代への停電タイムスリップ。


ある晩、22時を回った頃に、突然家の電気が消えた。家族で『キャプテン翼』のアニメを観ていたら(私にとっては人生で初めての『キャプテン翼』だった)、突然画面が真っ暗になり、家中の電気も音も、消えてしまった。


「停電だ」と気づき、スマホのライトをつける。あたりを見回し、怖がる息子をギュッと抱く。いつもなら5分も経たずに復旧するのだが、今回はまだかかりそうだ。そこに突如として電話が鳴った。相手は近所に住む、ひとり暮らし女性だった。「これって停電ですか?」と、彼女も驚いていた。聞けば携帯の充電が残り2%だと言う。いつ復旧するか分からない状況なのに、私に電話をかけてきたのか。彼女の心細さを思えば、何かできないか、と勝手な使命感に駆られた。「モバイルバッテリーとロウソク、持ってく」と言って、外に出る。街灯の明るさを失ったまちは、いつもに増して静かだった。私の使命感がうつったのか、息子も一緒に行くという。二人で手を繋いて彼女の家に向かう。まだ停電は直らなかった。


無事にロウソクなどを届けた帰り道、改めて外の暗さを実感する。私が住んでいる地区は普段は車もよく通るし、人が密集して住んでいる。上勝という山の中で暮らしてはいるが、寂しさや怖さを感じにくい場所ではある。いつもと気配が違う道。暗闇の中をスマホのライトを頼りに歩くのは、想像以上に怖かった。闇に飲まれそうになるというか、無力感を感じる。早く帰ろう。息子に自分の怖さを伝えないようにしつつ、早足で歩く。家に戻って数分後、いっせいに電気がついた。ウィーンと家電が再起動する。安心したと同時に、突如として現れた闇の怖さが、明かりによってこれほど解消されるのかと感じ入りながら、眠りについた。

ロウソクが好きで普段からいくつか家にもカフェにも置いている。今回もこれに救われた……。


それから数日後、リサイクルについて調べることがあって資料を見ていくと、江戸時代の生活に辿り着いた。「江戸文化は洗練の極致に達したリサイクル文化だった」と、石川英輔さんの『大江戸リサイクル事情』(講談社文庫)には書かれていた。


今ではサーキュラーだとか循環型社会という言葉が使われるが、石川氏は江戸の生活を「まわる」と表現していて、私には新鮮だった。江戸の世が、いかに必要十分なエネルギーや資源だけで回っていたか、当時の漫画なども掲載しながら軽やかに書かれている本書だが、その中に「照明は去年の太陽だった」という章を見つける。照明器具に何を使っていたか、油の種類や歴史、ロウソクについて、暮らしの知恵などが書かれている。「先祖たちは、電灯はもちろんのこと石油ランプさえ知らなかったのだから、特に暗いとも思わず満足して暮らしていた」という一文があった。


明るいからこそ、暗い。普段使っている電気量が多いから、私は突然の暗闇を、より一層暗く感じたのだろう。

大きな窓のおかげで、日中の光は必要最低限で事足りる。でも、雨の日や夜の間接照明は、映えるんだよなぁ。


 テレビでニュースを読むアナウンサー。「節電のためスタジオの照明を通常より落として放送しています」の文字が同時に映されている。電力会社が節電を呼びかけている今、様々な節電方法が紹介されている。私たちは夜でも明るいことに、電気がもたらす恩恵に、慣れすぎているかもしれない。このコラムを書いているパソコンも、テーブルを照らす照明も、店に置かれている空気清浄機、スマホ、BGM音響……。江戸時代であれば、殿様でも叶わなかった贅沢を皆が享受している。


今と昔とを簡単に比べて、昔は良かったと言うつもりはないが、物の見方・考え方に、歴史は多くの問いを投げかけ、考えるきっかけをくれる。


見始めたアニメは途中で終わっている。しかし幸か不幸か、まだ冒頭しか見ていない。このまま見ずに、誰かから漫画を借りて明るい日中に読み、早く寝た方が良いのかもしれない。


プロフィール
東 輝実 / Cafe polestarオーナー

1988年徳島県上勝町生まれ。関西学院大学総合政策学部在学中よりルーマニアの環境NGOや東京での地域のアンテナショップ企画のインターンを経験。

2012年大学卒業後、上勝町へ戻り仲間とともに「合同会社RDND(アール・デ・ナイデ)」を起業。2013年「五感で上勝町を感じられる場所」をコンセプトに「カフェ・ポールスター」をオープン。その後はカフェを拠点として「上勝的な暮らし」の発掘、情報発信、各種プログラムの開発などに取り組んでいる。2015年、男児を出産し1児の母。