藍の日々―藍師&染師の一年―
【第2回】勉強の日々

藍の日々―藍師&染師の一年― 【第2回】勉強の日々

世界に誇る“阿波藍”。それは、徳島県で生み出される高品質な天然の藍染め染料「蒅(すくも)」を指します。“ジャパンブルー”と称される、唯一無二の美しい藍色の源です。本連載では、藍とともに生きる職人の日々に迫ります。
書き手はWatanabe’s(ワタナベズ)代表の渡邉健太さん。上板町で藍染めの原料となる蓼藍(たであい)の栽培から蒅づくり、さらには染色までを一貫して手がける藍師(あいし)であり染師(そめし)でもある職人です。
本来、藍の世界は分業が一般的ですが、渡邉さんはそのすべてを自ら担う稀有な存在。藍を育て、発酵させて「蒅」をつくり出す「藍師」に加え、その蒅を用いて染液を作り、染色する「染師」の顔を併せ持っています。
じつは徳島にいても、実際に藍に携わる人がどのようなことを行い、考えているのかは意外と知られていないもの。藍仕事とは何か?日々の暮らしとは? 四季の移ろいとともに、その内側を渡邉さんのみずみずしい言葉で綴っていただきます。

【第2回】勉強の日々

ぼくたちの藍の圃場(ほじょう)があるここ上板町では、5月に入り用水路に吉野川の水が流れ始めた。秋冬で広大に広がっていたビニールハウス栽培の人参畑は稲作に移行し、水を張った田んぼの上を駆け抜けた風が心地良く吹いている。それはまさに“風薫る五月”であり、生命のはじまりを感じる軽快でまだ青いかおりが何とも清々しい。3月31日から始まった蓼藍の定植作業も落ち着き、近所の農家さんの田植え作業を横目に除草作業の日々を送っている。

吉野川
▲工房近くの吉野川。

今年の定植作業も天候には大変恵まれた。タイミング良く、欲しい時に降ってくれた雨のおかげですくすくと成長し、見る間に収穫の時期を迎えようとしている。しかし、ここまで順風満帆であったかのようであるが苦労した面もあった。雨のタイミングは良かったが、ゲリラ豪雨のように圃場を叩きつけるように降り注いだ日もあり、せっかく耕した土が固く締まってしまった圃場もあった。再び土をやわらかく耕すため、何度も管理機で畝間(うねま)を耕運し、ようやく理想的な環境を再整備することができた。

畝間(うねま)を除草する
▲管理機を使って畝間を除草する。

蓼藍(たであい)の栽培において、圃場の保湿環境と根っこへの酸素供給は欠かすことのできない要素だと感じている。今まで何度も失敗し、茎が丸見えで葉の少ない、痩せ細った蓼藍を栽培してしまったものだ。今目指す理想のフォルムは、お多福のお面のような、ふっくらとしていてずんぐりむっくりした福々しい姿である。

横から見た藍
▲収穫を待つ藍。横から見たもの。
上から見た藍
▲収穫を待つ藍。上から見たもの。

定植作業を終え、収穫作業を迎えるまでに除草、栽培工程がある。主には蓼藍以外の草を抑えて、必要であれば水やりを行う作業となる。この4月から6月までの時期は、工房内での染色作業も繁忙期となり、染色と藍畑の管理を両方行わなければならない時期となる。

染色の作業
▲染色の作業風景。
乾燥中
▲乾燥させているところ。

「一日が本当に短い。自分の分身を二人つくりたい」が口癖になっている。取り掛かりたいこと、進めたいことがたくさんあり、気持ちは急いてしまう一方で、染色液や蓼藍は自然の摂理のままに動いている。毎年、ぼくはこの状況下で必ずつまずいてしまっている。気持ち的にも物理的にも余裕がなくなってしまい、自我が強くなることで、自然や周りの人間とのあいだに乖離(かいり)が生じてしまうのだ。知らず知らずのうちに、また自分自身の小さな脳みその中だけで乗り越えようとしてしまうのである。

ハッ!と我に帰るのはいつも妻に指摘され、いいわけを並べた後。顔のパーツが真ん中に寄っていてとても嫌なやつらしい。なんとも言えない惨めさを感じる一方で、少しずつ穏やかな気持ちに戻っていく。かくして本質に立ち返ると、自ずとものごとは綺麗に流れていくのである。「ここで困っている。この部分をこのように助けてほしい。ありがとう!」なんて素直な言葉がすらすら口から出てくるわけです。全くもって不思議なものだ。今年は戻ってくるまで早いほうで良かった。こうして年々、ぼくも成長させてもらっている。どうもありがとう。

インターンのjasmin
▲インターンのjasmin。ロサンゼルス出身。

5月に入り、もう一つ大きな出来事があった。それは昨年作付し、発酵させ、今年の2月に出来上がった蒅(すくも)を使用し、「藍建て」を行ったことである。藍建てとは蒅、木灰汁(もくあく)、貝灰、麩といった天然材料を使用し、発酵させて染色液を作る工程のことである。昨年の種蒔きからこうして藍建てに使用するまでに要した期間は約1年と3カ月。蒅が出来上がり、袋詰めを行った後で、じっくり乾燥させる必要があるため、これだけの長い時間を要する。というのも、水分が多く残った蒅の状態では、藍建ての際に発酵が不安定になってしまうことが多かったからだ。

藍建ての作業1
藍建ての作業2
▲藍建ての作業。

ようやくこの日を迎えられたかと思うと、喜びもひとしおである。さて、新しい年の蒅はどんな青を見せてくれるのだろうか。楽しみ7割、不安3割。毎回、新しい蒅の藍建ての日が近くなると、「今年は良さそうだね!」なんて同意を求める発言が多くなる。もしかしたら不安7割の強がりだったりして。

そんな不安をよそに仕込んだ日から2日後に藍は建ち上がり、日を追うごとにどんどんと濃くなっていく。ものすごく素直で力強い男の子のような青だ。昨年の天真爛漫な女の子のような印象とは全く違うものであった。いよいよ来週から新たな青で染色をはじめる。濃度によって、光の当たり方によって、さらにどんな青を見ることが出来るのか、本当に楽しみで仕方がない。

藍建て後8日目
▲藍建て後8日目。木灰汁を追加した。

日本酒やワインのように、蒅の製造年によってそれぞれ特徴がある。今年初めて使用した蒅のように素直で力強い青を出してくれるものは、藍建てや藍染液の維持管理に手がかからず、安定した発酵をしてくれる。また、濃色の伸びもすごく良く、濃淡の幅をたくさん出すことが出来るのに加え、長く染色液を使用できる傾向にある。

また、蒅に含まれる青の色素含有量が多ければ多いほど良質な蒅であるのは間違いないが、それらを最大限発揮するためには、たくましい還元菌が蒅の中に存在していなければならない。この二つが揃ってこそ良質な蒅であると、ぼくは思う。

蒅づくりに携わり15年が経過した。品質について偉そうに語るものの、ふと考えてみると、まだたったの15回しか蒅づくりを行っていない。あと25年、現役でいられると仮定しても、あと25回しか経験することができないじゃないか!

まだまだ識りたいことが山ほどある。

こうしてさらに藍の深みにはまっていくのである。

畝間(うねま)を耕運する様子



渡邉健太さん

プロフィール
渡邉健太
株式会社Watanabe’s代表/藍師・染師
1986年2月26日山形県生まれ。

阿波藍の産地として知られる徳島県上板町を拠点に藍の栽培、染料となる蒅(すくも)造り、染色、製作を一貫して行う。古き良き日本の伝統を残しつつ、新たな機軸で藍を伝えるべく、国内外で幅広く活動を行う。

Instagram @watanabes_japan
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