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はじめに
徳島県を代表する特産品のひとつ、「阿波晩茶」。上勝町・那賀(なか)町・美波町などの山間地域に伝わる、乳酸菌の力で自然発酵させてつくられる世界でもめずらしいお茶です。その独自の製茶技術により、2021年には「国の重要無形民俗文化財」に指定されました。
もともと自家消費が中心で市場への流通量が少ないうえ、近年は、人口減少や生産者の高齢化により生産量そのものも減少しています。こうした希少性から、阿波晩茶は“幻のお茶”とも呼ばれています。
本連載では阿波晩茶がどのようにつくられ、愛されているのかを紐解くため、つくり手に密着。全3回にわたってお届けします。
第1回目は、まだ梅雨明けしていない暑い日、「茶摘みがはじまる」と聞きつけて那賀町の一軒の農家へ。90歳のおかあさんが元気に切り盛りする田渕家を訪れました。
【第1回】阿波晩茶ができるまで〈茶摘み編〉

那賀町相生地区の阿波晩茶づくり
四国山脈の雄大な山々に囲まれた自然豊かなまち、那賀町。古くから林業を中心に栄え、稲作や柚子、花の栽培などの農業も盛んに営まれてきました。

那賀町では、那賀川沿いに広がる旧相生(あいおい)町周辺を中心に阿波晩茶づくりが受け継がれており、この地区でつくられる阿波晩茶は「相生晩茶」とも呼ばれています。

朝8時過ぎ。那賀川沿いにある田渕家の茶畑では、すでにたくさんの摘み手が腰からカゴを下げて茶葉を摘み取っています。日差しがゆるむ6時過ぎから摘みはじめた人も。日中の強い日差しを遮るため、そして梅雨の間も毎日作業できるように、阿波晩茶の茶摘みには大きなブルーシートの仮設テントは欠かせません。

「昨日みんなが来てくれてテントを建ててくれたんよ。作業場には木樽を出して、かまども直してもらって、ようやく今年の晩茶づくりがはじめられる」と教えてくれたのは茶畑の主、田渕直代さん。今年(2026年)でなんと90歳!
直代さんが田渕家に嫁いできた1950年代にはすでに義父が阿波晩茶をつくっていたそう。緑茶づくりに切り替えたり、製茶そのものを中断したりしていた時期もありましたが、直代さんが70歳を過ぎた頃、家族に支えられながら昔ながらの阿波晩茶づくりを再開しました。
「やっぱり阿波晩茶が美味しいけん、またつくろうと思ったんよ」と朗らかな笑顔をみせます。
“番茶”ではなく“晩茶”
一般的に茶摘みと言えば4月〜5月頃ですが、この日は6月下旬。というのも、緑茶づくりには新芽や若い芽を使うことが多い一方で、阿波晩茶づくりではしっかりと成熟した茶葉が使われるからです。

このように、一般的な緑茶よりも遅いスタートでお茶づくりが行われることから、「番茶」ではなく「晩茶」という漢字になったと言われています。

「新芽やと柔らかいけん摘みやすいんやけどな、これくらい成長すると、茶葉に厚みがあって硬いんよ」と直代さん。
機械で刈り取りする家も増えてきましたが、昔ながらの手摘みをしている田渕家。何時間も何日もかけて硬い茶葉を摘み続けると、手を痛めてしまうこともあるそうです。そこで、指にテーピング用テープをぐるぐると巻き付け、その上に薄手の手袋を、さらに厚手の手袋を重ねて履くのが、定番スタイルです。

「葉で葉を順々に挟んでいくように“こそぎ取って(削ぎ取って)”いくんよ」と言いながら、枝の付け根から枝先へと流れるようにグッと指を滑らせ、あっという間に茶葉を摘み取っていく直代さん。「これが楽な摘み方なんよ」と教えてくれましたが、初心者はなかなかうまくできません。
茶摘みを支える地域の絆
日差しが強い日も、雨の日も、およそ10日以上、ほぼ毎日行われる茶摘みは、製茶工程の中でもっとも大変なうえに人手を必要とする作業です。茶摘み初日のこの日は10人以上の摘み手が集まりました。

「平均したら1日6人前後になるかなあ」
毎日、摘み手を集めるのが大変だと、ご家族は語ります。昔ながらの農家の付き合いで手伝いに来てくれていたり、知り合いに声を掛け合ったりしていますが、他の家の阿波晩茶づくりの掛け持ちをしている人もいるため、思ったように人手は集まりません。

摘み手の多くは「昔はうちでも阿波晩茶をつくっていた」と話す地元の方たち。さまざまな理由で阿波晩茶づくりを断念されましたが、その培った技術を生かして、現在も残る阿波晩茶農家の手助けをしています。

阿波晩茶は農薬を散布せずつくられています。

「こうやって毎年晩茶がつくれるのは、手伝ってくれるたくさんの人がいるおかげじゃ」と直代さん。
休憩の時間には、直代さんらが冷たいお茶やドリンク、お菓子などをふるまって、摘み手をねぎらいます。冷たいお茶はもちろん阿波晩茶。水のようにごくごく飲めるさっぱりとした阿波晩茶が汗をかいた身体に染み渡ります。
木が丸裸になるまで茶摘みは続く
12時の町内放送が鳴り響けば、午前中の作業はいったん終了。

茶葉がいっぱいに詰まった収穫ネット袋を軽トラの荷台に積み上げて、田渕家の敷地内にある作業場へと運びます。

ちなみに、田渕家では摘んだ茶葉の重さによって摘み手への賃金が決まります。摘み手ごとに計量を終えると、収穫ネット袋から茶葉を取り出し、作業場いっぱいに茶葉を広げます。
扇風機を回して水を撒き、時折切り返して、茶葉に熱がこもらないように気をつけながら、次の工程まで保管します。

「ここの畑を摘み終わるんは2、3日後かなあ。摘み手の人数によって作業ペースが変わるけん、どれだけの人が手伝いに来てくれるかじゃ」と話すのは、那賀町に暮らす中原勝利さん。田渕家の茶畑の管理や人員の手配、作業の段取りなどを仕切る“軍団長”として、18年近く田渕家の阿波晩茶づくりを支えています。
「力仕事もあるけんな、みんなの協力なしではできん。こうやってみんなでつくるんが阿波晩茶づくりの良いところよ」

那賀川沿いの茶畑が摘み終わった次は、田渕家の裏山にあるもうひとつの茶畑へ作業を移します。樹齢200年近くの“実生(みしょう)の酢”と言われる立派なユズの木が植わった広い茶畑です。茶摘みはまだまだ続きます。
次の加工をするのは、摘み取った茶葉の量がある程度溜まったおよそ3日後。
第2回は、茶葉を晩茶に仕上げるまでの工程をご紹介します。
NAKATOWN(一般社団法人 那賀商事)
徳島県那賀郡那賀町和食郷八幡原29番地5
TEL 050-1792-0611
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NAKATOWNの商品は、Lacycle mallでお買い求めになれます。
阿波晩茶は徳島県那賀町相生(あいおい)地区で作られる伝統的な後発酵茶。そのため、「相生晩茶(あいおいばんちゃ)」とも呼ばれています。独特の酸味と旨味に加え、爽やかな香りと後味にすっきりとした清涼感が漂います。
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