[連載エッセイ][第2回]
アースシップとその周辺

[連載エッセイ][第2回] アースシップとその周辺

第2回 鳥のこと


今は10月も半ばに差し掛かっていて、毎日少しずつ日が沈むのも早くなり、それと同時に朝晩の外の気温もひんやりして気持ちがいいと思う体感から、何かもう一枚羽織りたいなと思うようになってきた。


ここは山間部だから山の下の町中とは気温差があり、往々にして夏は涼しく、冬は寒い。

もちろん山の上の方がカンカン照りで下より温度が上昇する時もあるけれど冬場はほぼ100%こちらの方が町中より寒い。

先日、下の町中に設置された温度計と山の途中に設置された温度計を同じ日に見比べたら5度違っていたことがあり、さすがに驚いた。気温差けっこうあるなとは思っていたけれど5度はかなり違う。例えば20度と15度……。


私が住みゲストハウスとして運営するアースシップというこの建物は、家自体に蓄熱や断熱の効果があるため基本的に一年中冷暖房器具無しで暮らすことができる。蓄熱のための一例として南側全面の大きなガラス窓が挙げられる。


この大きなガラス窓から降り注ぐ日中の直射日光が冬場の室内の保温にも一役買ってくれる。ここで、逆に夏場は暑いのではないかと想像される方もいると思うので付け足しておくと、夏は冬場よりも太陽が真上の方を東から西に動くので差し込む日差しも短いし、室内のガラス面に接したスペースに植えられた植物が北向きの日陰を作ってくれるから、それほど暑くはならない。たとえ温度が上昇しても暑い空気を逃す工夫もあるので快適に過ごすことができる。


もう少し説明するとこの建物は、前述の南に面したサンルームのようなスペースと、その奥の居室との2層構造になっていて、居室の方は一年中温度が一定のため例えばサンルームのスペースが暑い時は北側の部屋に入れば涼しいし冬場は暖かい。


この南向きのサンルームのようなスペースにはダイニングテーブルが置いてある。宿泊のお客様がいないときは私もそこで今みたいにパソコンに向かったりする。今しがたこの目の前のガラス越しの敷地に見慣れない容姿の小鳥が現れた。


頭が黒っぽく、腹が白いずんぐりした丸っぽい身体のその鳥は、庭のナスの支柱として立てた竹の竿のてっぺんに停った。2度羽ばたいて停まり直してからそのあとピタリと動かなくなった。ちょうど太陽が山と山の間に沈みかけた西の方角を向いたまま全く動かない。

あまりに微動だにしないので、一体どのくらいの間止まったままなのだろうかと思い携帯の時計を見たのが16時32分。


姿勢を正し、というのが鳥に当てはまるかどうか疑問だけれど、とにかく西の方を向いたまま動かない。建物の中と外で距離もある程度あるとは言え、ガラス窓越しの私のせいで飛び立ってしまわないように私も一緒に静かに動きを止めてみる。


少し話は逸れるけれど、以前、今と同じように南側の敷地が見渡せるガラス窓に面したこのテーブルに向かっていたとき、何気なく東側の林の方を見ると、背の高い木の梢から何やら黒っぽいものがこちらを見ていたことがある。


「フクロウ?!」

とにかく近くにあった携帯で写真を撮ろうと思い、目はそらさず体も動かさず、テーブルの上の携帯に手だけをジワジワと静かに近づけた瞬間、その大きな鳥はバサっと翼を広げ、踵を返して林の奥に飛んでいってしまった。

羽を広げた輪郭は、まさしく映画で見るようなフクロウそのもので、とは言えフクロウなのかミミズクなのか正確にはわからないけれど、私のほんのわずかな手の動きを、ガラス越しのそれもかなり高いところから察知して飛び立ったとしか思えないタイミングからして猛禽類には違いないと思う。


高い木の枝からものすごい速さで急降下してフクロウが野ネズミを捕らえるシーンをネイチャー系の海外番組動画で以前見た事がある。もしかしたら私のことも獲物として観察していたのかもしれない。「あいつ食べられるだろうか」と。


そんな事があったので、先ほどのピタリと止まったまま動かない鳥には、細心の注意を払いつつ観察した。私も同じように動かない。1分、2分、3分経ってもピクリともしない。

蝋人形のように動きを止めた鳥を見つめながら、ふと同じ光景を前にも見たことを思い出した。


冬の間の餌が乏しい時期、何種類かの野鳥がアースシップの目の前の草地に現れる。私は特に鳥に詳しいわけではないので、ここに来る全ての鳥の名前がわかるわけでもない。ただ毎日やって来る鳥は気になって調べたりもする程度で、中でもホオジロはこの場所に毎日やって来た。2、3羽だったり、時には十数羽だったり。


そのホオジロが、やっぱり夕方の数分間か時には10分以上、突然動きを止めて全く動かなくなるという現象に何度か出くわした。ホオジロたちは低い草地の地面の虫を思い思いの場所で歩き回りながらエサを探してはついばんでいたかと思うと突然、何かの合図があったみたいに一斉にピタリと動きを止めた。


そしてまた動き始めるのもほぼ同じタイミング。その光景を見かける度、あれは一体なんなのだろうと思っていたことを今ここに書きながら思い出した。1羽とか2羽ならまだしも、十数羽が同時に数分間全く動かない光景はかなり奇妙だ。


ちなみに、冒頭で書いた黒い頭の鳥、多分コガラが動き出したのは16時45分だったので、ほぼ15分は動かなかったことになる。動かない鳥を見ながら最初は、仮眠?などと思ったけれど、さっきのホオジロを見たのも、今と同じようなあまり気温が上がらない晴れた日の夕方だったことを思い出し、もしかしたら太陽の熱で蓄熱しているのかもしれないという考えが浮かんだ。


西の方角を向いて動かないのは陽が沈んで気温が下がる前に、太陽の熱で体を温めておこうとしていたんじゃないだろうか。


鳥の体毛はつまり羽毛だから、熱で乾けば空気を含んで膨らむ。体と外気の間の羽毛の層が膨らめば、さながら天然のダウンジャケットを着ているみたいでその分余計に体温も維持できるのではないだろうか。


夏毛が涼しい薄手のTシャツで、冬毛が秋物のトレーナーやセーターだとしたら、さらに太陽の熱で膨らませた冬毛は、鳥たちにとって厚手のコートがわりなのかもしれない。ふくら雀という冬の季語があるくらいだ。もちろん真相は鳥に聞かなければわからない。


私のある意味、独断的考察は尽きない。

鳥のことに限らず植物や虫のことも、観察する強い意思が無くてもついつい気になってしまう。


それもこれもこの大きなガラス窓のある家で暮らすということの副作用かもしれない。なにしろ寒かろうが暑かろうが、雨が降っていても大風が吹いても、毎日必然的に席につくたびに自然環境番組をパノラマ大画面で見ているようなものだから。


あ、もう一つだけ書いておきたいことがある。少し前に宿泊されたお客様と何か別の話をしていたとき、ふとお客様の視線がガラス窓の方に釘付けになって話が途切れた。


視線の先を見ると垂直のガラス窓をゆっくりと登るカマキリの姿があった。ガラスの外側を登っているから、こちらからはカマキリの腹側を見る格好になってちょっと見慣れない光景に出くわす形になった。カマキリはゆっくりと慎重に鎌のような前側の両手?を片方ずつ動かし、引っ掛かりを探しているように見えた。


どこかの国の断崖絶壁を命綱もなく1人で果敢に登るロッククライマーを、ハイキングの途中で偶然発見してしまったような人のように少しの間その光景に見入った。

「すごいなあ、ガラスにも凹凸があるんですかね」

お客様がポツリと言った。


もしかしたらガラスが汚れていて意外と登りやすかっただけなのかもしれないという考えは脇に置いておこう。


まだまだある。例えば悪天候の時にいらしたお客様の親子は夜、電気を消してずっと外の暗闇の中をときどき走る稲妻を数えていた。または晴れて星空の夜にお泊まりのお客様は流れ星を見たことを話してくれた。なんだか鳥の話からとめどなく脱線していきそうなのでこの辺で終わりにしよう。


私にとって今やこの大きなガラス窓がインターネットにとって変わりつつある、というのは言い過ぎではなくなりつつある。


プロフィール

アースシップMIMA 清水智子
https://www.earthshipmima.com/
日本で初めてアースシップを建設。現在は1日1組限定のプライベートゲストハウスとして運営している。