“にし阿波”の山へ、町へ。文化と暮らしを探る旅。【第2回】

“にし阿波”の山へ、町へ。文化と暮らしを探る旅。【第2回】

はじめに

“日本の原風景”を感じる風景や文化に出合うことができる場所として、近年、徳島県内で注目のエリアというのが“にし阿波”。県西部に位置する「三好市」、「美馬市」、「つるぎ町」、「東みよし町」の2市2町の総称で、吉野川を挟んで、北岸には標高1060メートルの竜王山を含む讃岐山脈、南岸には徳島県最高峰の標高1955メートルの剣山を含む四国山地という険しい山々が連なっています。海外でも知名度の高い三好市の祖谷地区をはじめ、山間部を中心に独自の食文化や伝統が色濃く残る、徳島の“桃源郷”です。

徳島市内から高速道路で西に向かって2時間弱。“にし阿波”を訪れ、その山や町の暮らしを知り、そこから見えてくる魅力をシリーズでご紹介します。

第2回は、“にし阿波”の歴史ある町並みのお話です。



第2回 「うだつ」が上がる“にし阿波”の町


藍で栄えた「うだつ」の町並み

世界農業遺産に認定地域として山間部に注目が集まる“にし阿波”ですが、吉野川流域の平野部も見逃せません。歴史ある素晴らしい町並みが今なお色濃く残っています。

▲ 県内外からの観光客でにぎわう脇町の「うだつの町並み」も夕暮れ時には静かな風情に。

まず降り立ったのは吉野川中流域に位置する美馬市脇町。
脇町南町地区には「うだつ」が残る伝統的建造物が約430メートルに渡り建ち並んでいます。

▲ 明治時代に建てられたものが多いそう。「うだつが上がらない(=出世ができない)」とは、この「うだつ」から。

「うだつ」とは、民家の両端に設置された小さな屋根付きの白い壁のこと。防火壁の役割としてつくられたそうですが、次第に装飾の意味合いが強くなり、多額の費用をかけてこの「うだつ」をつくったことから、富や成功の象徴だったと言われています。

つまり、「うだつ」の上がった富豪の町だった脇町ですが、実は「藍」で繁栄した町なのです。

日本三大暴れ川のひとつ、吉野川は度々氾濫を繰り返し、農家にとってはやっかいなものでしたが、一方で、その氾濫によって育まれた肥沃な土壌は藍栽培に適していたそうです。収穫時期も洪水に影響されなかったことからますます藍作が盛んに。江戸時代には吉野川流域が日本最大の藍作地帯に発展し、化学染料が普及するまで“ジャパンブルー”と称された“藍色”づくりを支えてきました。

脇城の城下町でありながら、吉野川の水運を利用した藍の集散地として栄えていった藍商人の町、脇町。その名残のある「うだつの町並み」は「国の重要伝統的建造物群保存地区」に指定され、“にし阿波”を代表する観光スポットのひとつになっています。


「四国のへそ」へ

脇町から吉野川の上流、さらに西に向かうこと約35キロ。四国4県の交通の要所であり、「四国のへそ」とも呼ばれる三好市池田町へ。ここにも「うだつ」の上がった民家が残る「うだつの町並み」があるのです。

▲「阿波池田うだつの家・たばこ資料館」が建つ旧街道沿いに「うだつ」のある民家が見られます。

池田町で「うだつ」が上がった理由は「藍」ではなく「葉タバコ」。山間部でも栽培できる「阿波葉(あわは)」と呼ばれる葉タバコづくりが盛んに行われ、刻みタバコ産業で繁栄したそうです。

▲築100年を超える旧真鍋邸内の「たばこ資料館」にて。
▲ 1802年に刻みたばこ製造業として創業、現在、日本酒「今小町」をつくる「中和商店」は、事務所など敷地一帯の建造物が国登録有形文化財に指定されています。

1904年(明治37年)に施行された専売法を機に、葉たばこ産業から酒造業や味噌・醤油醸造業への転業が増えたと言われ、現在では、四国各地の銘酒が楽しめる「四国酒まつり」でにぎわう町としての印象も強いですね。


貴重な貞光の「二層うだつ」

最後に、もう一か所。
美馬市つるぎ町貞光地区へ。あまり知られていませんが、じつはここも希少な「うだつ」の町並みが現存しています。

▲剣山への登り口にも繋がる旧街道沿いに町並みがあります。

貞光は、葉タバコづくりや藍づくり、養蚕が盛んに行われる周辺の山村と結ぶ交通の要衝として発展し、江戸中期頃には、吉野川対岸の脇町と並ぶ商業地として栄えた町です。「二層うだつ」が残るのは全国的にも珍しいことだそう。

▲このように「うだつ」が二段に。見ごたえ十分!
▲ 正面には「こて絵」と呼ばれる絵模様が装飾されたうだつも見かけられます。

それぞれの町並みでは、近辺の道の駅等で町歩きマップが入手できました。予約制の観光ガイドも利用しながら、にし阿波の町歩きを楽しんでみてはいかがでしょう。


にし阿波のお菓子

こうして歴史的背景を感じながら町並みを歩くと、にし阿波は、洪水の多かった吉野川や傾斜の強い山間部などの悪条件とも言える環境にも関わらず、稲作に代わるものとして藍や葉タバコなどのこの地に適した農作物に出合い、発展してきた地域なのだとわかります。

さらに、そんなにし阿波の作物として欠かせないのはタカキビやコキビなどといった“雑穀”です。米がなかなか手に入らない傾斜地だからこそ生まれた食文化です。

▲「米だんご」。米粉中心の生地によもぎやむらさきいも、キビを練り込み、あっさり粒あん入りの郷土菓子。塩漬けしたサンキライの葉っぱで包んでいます。

「にし阿波の山間部では昔、お餅は雑穀入りが多かったようです」と、教えてくれたのは1926年(昭和元年)に創業した「ふじや」の藤今日子さん。保存料着色料不使用で、“田舎のおばあちゃんがつくったような味”を守りながらつくり続ける和菓子屋さんです。

昔ながらの杵つき餅で定番人気だという「ふじや」の「田舎角餅」にも、ヨモギ入りのほか、コキビやタカキビ入りを今もつくり続けています。

▲藤今日子さん(左)とスタッフの藤田さん(右)。

山間部では農作業の合間に食べられていたと言われる「米だんご」や「田舎だんご」など、にし阿波の味を楽しんでもらう和菓子を製造。「道の駅 貞光ゆうゆう館」や徳島県内の産直市、「阿波おどり会館」、スーパーマーケットなどで販売されています。

▲「ういろう」や「いも餅」も人気商品。画像は栗ういろう。


吉野川沿いの風景

「夕暮れ時に散歩するととてもきれいなんですよ」と「ふじや」の藤さんに教えていただき、夕暮れのタイミングではありませんでしたが、吉野川沿いにある「貞光ゆうゆうパーク」にも立ち寄ってみました。

▲吉野川に架かる美馬橋。赤い鉄橋と周囲の山々の緑のコントラストが絵になります。

パークゴルフをしたり、散歩をしたり、ベンチで景色を見ながら涼んだりと、地域の人々の憩いのエリアになっています。

▲脇町潜水橋。東から西に向かって流れる吉野川は、川上に夕日が沈みます。

帰路に着く頃、ちょうど脇町の「うだつの町並み」の近くで夕焼け空に出合い、しばし“にし阿波”の黄昏(たそがれ)時を楽しみました。

さて次回は、にし阿波の食材を活かした加工品づくりを探っていきます。


ふじや
徳島県美馬郡つるぎ町半田中薮149-1
tel. 0883-64-2371
http://www.uirouya.com/



ふじやの商品は、Lacycle mallでお買い求めになれます。

こめだんご18個入り(冷凍便)

阿波地方の山間に伝わる米だんご。米粉を練り生よもぎをいれて粒あんを包みサンキラの葉っぱにのせ蒸しました。田舎のばあちゃんの昔懐かしいお味。